あの写真の秋田美人はずっと海外に住んでいた

秋田の人が集まるところに、いつも貼ってあるモノクロのポスター。すげ笠に絣(かすり)の着物の若い女性の写真。斜め左に向けられた伏し目がちな眼差し。思わず目を奪われる美しい人です。ずっと誰なんだろうと思っていました。

この写真を撮ったのは木村伊兵衛という有名な写真家だということは知っていました。そして、その女性がもう亡くなられたということも・・・。

先週末、偶然に、この女性を直接知っていたという方にお会いしました。ある会合で秋田県出身の日本画家、佐藤緋呂子さんとお話ししていたとき、あのポスターの話題になり、お二人が長くお友達だったことが分かったのです。ちょっとドキドキしちゃいました。

ポスターの女性のお名前は柴田洋子さん。緋呂子さんは彼女がロサンゼルスから帰省するたびに、東京でお会いになっていたそうです。「え?」ですよねえ・・・。そう、柴田さんは、結婚後、ずっとロサンゼルスに住んでおられたのです。

あの写真では物静かなイメージの柴田さんは、緋呂子さんに言わせると、「バレエをやっていて、けっこうはきはきとした人だったんですよ」。へえ~~意外!

お二人が知り合ったのは緋呂子さんが大曲に暮らしていたころで、ロサンゼルスから一時帰国してきた柴田さんに日本画を教えてほしいと頼まれたのがきっかけだったそうです。

柴田さんの名前をネットで検索をしてみるといろんなことが分かってきました。2016年に秋田市のアトリオンで行われた木村伊兵衛の展覧会に行ったMinaさんのブログによると、木村伊兵衛は、1952年6月に秋田県総合美術展写真部門の審査員として秋田を訪れ、車窓から見た秋田の新緑の景色が気に入り、その後、約20年にわたり秋田の農村の写真を撮り続けました。撮りためたフィルムは300本以上。でも、生前それを写真集にまとめることはなかったのです。

でも、Nishimori Shuichiさんのブログによると、1978年前後にNikonの写真愛好家の集まりであるニッコールクラブが毎年1回メンバーに配る写真集として木村伊兵衛の秋田の写真をまとめ、柴田さんの写真がその表紙だったのだそうです。当時高校生だったNishimoriさんにとって、この写真集は初めて手に入れた写真集で、今も大切に持っているとのこと。そして2012年、秋田県が観光キャンペーンで、あの写真をポスターにしたときに、思い出の写真集を久しぶりに本棚から引っ張りだし、ブログを書かれたようです。

木村伊兵衛の秋田の写真の多くは当時の秋田の日常をほうふつとさせる写真でしたが、柴田さんの写真はしっかりと演出を考えて撮影されたものでした。そのあたりについて、「でんでんブログ」さんが書いています。

1952年に大曲で「第1回全県おばこコンクール」が開催されました。それに、当時大曲高校の3年生だった柴田さんも参加し、入賞。その入賞者たちの撮影会でアマチュア写真家の大野源次郎さんが撮った柴田さんの写真がコンクールで賞を取り、「アサヒカメラ」のグラビアになったのだそうです。

でんでんブログからお借りしました

木村伊兵衛はその写真にほれ込み、柴田さんにモデルをお願いして大曲を訪れ、1953年に撮った一枚があの写真なのです。柴田さん19歳の時でした。

「アサヒカメラ」の写真も絣の着物姿ですが雰囲気はちょっと気の強そうな明るい女性といった感じで、木村伊兵衛の写真とはずいぶん違います。秋田おばこコンクールの入賞者の撮影会なのであの姿で撮影に臨まれたのでしょうが、高校卒業後、柴田さんは7歳から習っていたバレエを地元の子どもたちに教えていたそうです。たぶん、普段は洋服で、バレリーナらしく背筋の伸びたさっそうとした女性だったのだのだろうと思います。

しかし、けがをされてバレエをやめ、代議士秘書になって東京に行ったのだとか。あきたびじょんなどによると、東京で三上ヘンリー(精一)さんという貿易会社を経営していた日系米国人と結婚し、ロサンゼルスに渡りました。向こうでは趣味で油絵を描いて静かな生活を送られ、毎年桜の頃には大曲に帰省されていたそうです。まるでテレビドラマみたいな展開です。

柴田さんは2010年に76歳で亡くなりました。ロサンゼルスにお住まいの大仙市出身の女性が、「秋田に恋っこ」というブログで柴田さんについて綴っておられました。同じロサンゼルスに住みながら、生前にお会いする機会はなかったそうです。でも、2012年に帰国したとき銀座4丁目に掲げられた大きなあきたびじょんのポスターを2回も見に行ってしまったと書いておられました。また、「何か不思議なエネルギーに導かれるように、柴田さんのご縁した方々と・・・」と記されており、その後、地元で柴田さんを知る方たちとご縁ができ、その方たちから見せていただいたのでしょう、柴田さんのバレエ教室の発表会の入場券も載せておられました。

「秋田に恋っこ」ブログからお借りしました

木村伊兵衛のカメラによって66年も前に撮影され、34年前に非売品の写真集の表紙となってカメラマニアの心をとらえた彼女の写真は、今もまったく古びることなく見る人の心に「The 秋田美人」として強い印象を残します。これほどたくさんの方がこの写真についてブログを書いておられるのにびっくりしました。それは木村伊兵衛が、あの写真によって柴田さんの人間的な魅力を見事にあぶり出してみせたからなのだと思います。天国で柴田さんもびっくりしておられるだろうなあ。

文:竹内カンナ

2 件のコメント

  • 竹内 様
     はじめまして、川崎市の清水と申します。柴田洋子様のことをずいぶんお調べになりましたね、びっくりしています。
     私しも、例のニッコールクラブ会員用に配された「木村伊兵衛 秋田」を見てから、秋田や表紙に掲載された人に会いたくなり、大曲市を5、6回訪れています。
     記事中の、大野源次郎さんのご自宅にも行ったことがあり、また「秋田に恋っこ」のA・L様とも2012年にお会いしました。
     その時に、敦子様がロサンゼルスからお連れになった洋子様と20年来の親友であったS・Hさんとも少しお話しました。ただ、彼女は日本語が話せないので少しだけしかお話できませんでした。
     洋子様は、2010.10.01に亡くなられたのですが、その前年の2009.12.31の写真をHさんから頂戴しました。
     びっくりするほど、おきれいで木村伊兵衛の写真の洋子様を思い浮かべるようでした。

    • 清水さん、

      コメントありがとうございます。清水さんもあの写真に魅せられた一人なんですね。わたしはただ、ネットの情報をまとめただけですが、でもいろんな方のあの写真や洋子さんに寄せる気持ちに感動しました。おばあさんになった洋子さんも素敵だったとのこと。きっとそうだろうと思います。見てみたいような気もします。でもきっと洋子さんはそっとしておいて・・といっている気がします。ちょっと残念ですけど・・・。(竹内)

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