能代駅前商店街のリノベビルに人が集まり街が変わる 家具職人・湊哲一さん

「東洋一のシャッター街」。かつては4000もの商店が軒を連ね「東洋一のアーケード通り」と呼ばれていた能代の商店街を、市民は自虐的にこう呼びます。

しかし、よく目を凝らしてみると、この街に賑わいを取り戻そうと奮闘する動きが見えてきました。

能代駅前。商店街というには広すぎる5車線の県道205号線。この通りにある昭和レトロなビル。これが、今、エリアリノベーションで話題のマルヒコビルヂングです。ここを拠点として駅前商店街を盛り上げているのは家具職人の湊哲一さん(46)を中心とするのしろ家守舎の3人です。

そっけないグレーのビル。外からみると中は暗くてよく見えません。しかしドアを開けてビルに入ると、活気のある雰囲気に驚きます。

昭和レトロなマルヒコビルヂングが商店街活性化の中心に

マルヒコビルヂングに一歩足を踏み入れると明るい空間が広がる

入るとすぐにひまわりを生けた花瓶とイベントのチラシなどが載った木のテーブル。左手のガラスの向こうにはキッチン。カウンターにはおいしそうな焼き菓子。カフェの店員さんとお客さんが何やら話し込んでいます。奥には、子ども向けの「ASOBIBA」。立ち止まってぼうっとしていたら、後ろから3,4人の人が入って来て、細い通路は人でいっぱいに。

2階はクリエイティブな大人たちが働くシェアオフィスになっています。

木の棚の奥がシェアオフィス

湊さんは、9年前に横浜から地元能代に帰り、家具工房のミナトファニチャーを営みながら、まちづくりにエネルギーを注いでいます。

アートやデザインが好きで遠回りして家具職人に

大学進学のために上京したんですが、もともとインテリアが好きだったし、その頃、店舗デザインがはやっていたので、やりたくなって、大学卒業後に専門学校に行きました。家具は儲からないからやめろと言われましたが、せっかく設計の勉強をしたのだからと幅広い分野で仕事をしている設計事務所に入りました。しかし、2年ぐらいでやっぱり家具が作りたくなって江戸指物の職人さんのところに習いに行きました。

家具作りを学んでから横浜の郊外に引っ越し、木工教室を開きました。多い時は40人もの生徒さんがいて、一流企業のサラリーマンなどが多かったのですが、そうした人の話を聞くのもおもしろく充実した日々でした。

いつかは秋田に戻りたいという気持ちがあったのですが、初めは家族が反対だったので、秋田の仕事をじわじわと増やしていく作戦を取りました。月に4回も車で往復したこともありました。そのころ大館で、大館の「O」を「ゼロ」と読み替えた「ゼロダテ」というアートプロジェクトが活発でした。芸術で町おこしを目指す運動で、県内外の面白い人が集まっていました。ゼロダテの代表の中村政人さんに「大館に通いなよ。発見があるよ」と言われて大館にも通っていました。

そして6年前の2017年3月、能代に拠点を移しました。

木材をテーマにしたイベント

能代に戻ってしばらくは町おこしにはあまり興味がありませんでした。最初の3年はほぼ家具ばかり作っていましたが、ゼロダテの影響もあって、秋田県銘木青年会のメンバーなどと「木都散歩」「MOKU TALK(モクトーク)」というイベントを始めました。「木都散歩」では、町のいろんなところでワークショップをやりました。「MOKU TALK」では、木材をテーマにしたトークイベントや県内のまちづくりで注目されている人を呼んで講演をしてもらったり。家具作家を呼んで、ワークショップをしたり。能代は木工に興味のある人にはいい町なんですよ。それを知ってもらいたいと思っていたこともありました。

「動き出す、商店街プロジェクト」への参加が転機

2019年、能代市役所商工労働課から秋田県主催の「動き出す、商店街プロジェクト」へ参加してみないかとの誘いがありました。

このプロジェクトは、県内外で先駆的な取り組みを行っている町おこしの達人らを招いて話を聞いたり議論しながら半年にわたって商店街の空き店舗問題の解決方法を考えるというもの。コロナ禍のため最終プレゼンテーションはリアル会場で行うことはできなかったものの専門家たちに何度もダメ出しをされながら練り上げたそれぞれの事業プランを発表しました。

これが大きなきっかけになりました。この過程で、子どもの遊び場がないとか、高校生が放課後に行く場所がない、クリエイティブな大人の姿が見えない、といった課題が浮き彫りになりました。それに『木都と呼ばれた場所なのに木工体験ができる場所がない』という気づきもあって、「場づくり」をしようという明確な目標が出来ました。それが形になったのが「マルヒコビルヂング」です。

のしろ家守舎のメンバーは、湊さん(左から2人目)のほか、居酒屋経営の田中秀範さん(左端)、店舗設計施工の鈴喜代の鈴木隆宏さん(左から3人目)、仏壇屋の代表で市議会議員や能代駅前商店会の事務局務める阿部誠さん(右端)阿部さんは市議当選後、家守舎のメンバーからはずれています

その目標を実現しようと、プロジェクトに参加した仲間と一緒に合同会社のしろ家守舎を立ち上げました。メンバーは、僕のほか、居酒屋経営の田中秀範さん、店舗設計施工の株式会社鈴喜代の鈴木隆宏さん、それと逸品会の会長で仏壇屋の代表で市議会議員や青年会議所の副理事長も務める阿部誠さん。

旧丸彦商店⇒マルヒコビルヂング

のしろ家守舎は、空き店舗を探し始め、旧丸彦商店の建物に目を付けました。地階があるから騒音が出る木工体験ができそうだし、駅前の大通りに面し条件がぴったりでした。ただ、丸彦商店は店を閉めたものの中はそのまま残っていたため、所有者は貸すことを躊躇(ちゅうちょ)していました。

見ず知らずの人が突然来て、貸してくださいとか、こんな風にリノベをしたいとプランを持って来ても普通、貸そうなんて思わないですよね。何度も挫折しそうになりました。でもワークショップをやっていることが北羽新報(能代の地元紙)に載ったんですよ。そしたら所有者の方がその新聞を隅から隅まで読んでいる人だったんで、少しずつ距離が縮まっていったんです。それに一緒に勉強会やっていた仲間やこの新聞社の記者さんも市役所の人たちも何度も訪ねてお願いしてくれて、いつの間にか応援団ができていた。今では所有者さんも応援してくれています。

2階のシェアオフィスのテナントはすぐに決まりました。1階には飲食店を入れるつもりでしたが、よその店だと不安もあったので、妻がやることにしました。

彼女は飲食の経験はありませんでしたが、カフェ巡りとかは好きだったし。能代だとおしゃれすぎると客が来ないぞなんて言う人もいましたが、おしゃれな店にしたかった。高校生がちょっと無理して入るような店を作りたかったんですよ。

マルヒコビルヂングのリノベーションにはいくつかの補助金も利用したそうです。

市役所の伴走サポート

行政の応援も大きかったです。能代市役所も、もしかしたら駅前商店会はなくなってしまうかもと思っていたらしいです。

そのため能代市役所の方はわれわれの活動をきめ細かくサポートしてくださいました。国の補助金の獲得にも全面的に協力してくれて。ありがたかったです。

「無駄に広い」駅前商店街の歩道をパブリックハック!歩道にちゃぶ台が出現し、若者たちが額を集めて何かしています

市や警察と一緒に、広い歩道や車道を使って東京豊島区が池袋で実験したような「パブリックハック」を実施するなど、許認可の取得でも行政の全面協力を得られるようになりました。

パブリックハックというのは、公共空間に家具を置いてリビングルームを作ったりすることで公共空間の概念を変えてしまおうという試みで、最近大都市で実験的に行われていますが、それを能代でやることは、既存の商店街の人たちの心を揺さぶっただろうと思います。そんなことをやっているうちに、「面白そうだな」と人が寄ってくるようになり、ちょっとしたイベントでも3000~4000人が来るようになったのです。

「のしろいち」と周囲の商店街との連携

市を挙げての「おなごりフェスティバル」が運営スタッフの不足などのためになくなってしまったので、代わりのイベントをやりたくなり、駅前商店会が中心となって始めました。それが「のしろいち」です。市民、特に子どもにとってこういうイベントの思い出は大切で、子どもたちが、何の思い出もないままに県外に出ちゃったら絶対に帰ってこない。楽しい思い出こそが住み続けたいとか戻って来たいという思いにつながると思ったからです。

商店会の各店舗が屋台を出し、ハンドメイドのマルシェや子どものスタンプラリーなども行いました。初年度には延べ1万5000人が来ました。

「のしろいち」が成功したことから、遠巻きに見ていた周囲の他の商店街が変わり始めたように思います。能代市の商店街は分かれて活動してきましたが、僕はエリアで盛り上がればいいと思っていて、実際、垣根を越えて活動するようになってきたと思います。

 

2022年秋ののしろいちのポスター

のしろいちは、2021年10月に第1回が行われ、基本的に年2回開催しています。

外から伝統芸能などの出演者を呼んできて賑わいを創るイベントがよくありますが、のしろいちではやり方を変えてみようと思いました。この街をどうにかしたいという気持ちで自分たちの頭で考え、企画・準備の段階から地域を巻き込んで実行しているので、「のしろいちは自分たちの祭りだ」という思い入れがとてもあります。

「街に若い人を巻き込みたい」とインターンシップを募集

外の目線を入れることで気付けることがあると思い、昨年から家守舎のインターンシップを募集、今年も「シャッターをあけろ!」というキャッチーなコピーで県内大学や都内のまちづくりに関心のある人が集まる場所にポスターを配りました。この夏は武蔵野美術大学で都市デザインを学ぶ東京出身の秋田光稀(みつき)さん、秋田県立大学大学院在学中で岩手県出身の小笠原李熙(りき)さん、国際教養大学へ入学が決まっている能代出身の内藤蓮(れん)さんの3人が来ていました。湊さんは、家守舎だけでなく能代の他の会社もインターンシップを導入し、もっと街に若い人が増えることを期待しています。

のしろ家守舎でサマーインターン中の秋田光稀さん、内藤蓮さん、小笠原李熙さん

まちづくり会社なんで、インターンは普通の会社とはちょっと違って、まず「よく遊べ」と言っています。「天空の不夜城」で有名な能代の七夕祭りに関わる人に会いに行ってもらったりもしました。祭りに参加して街を感じてもらいたいと思っています。来年、マルヒコビルヂングに次ぐ2つ目のビルを開けたいと思っていて、マルヒコビルヂングに入れられなかったものも詰め込みたいと思っているので、それに向けて彼らにアイデアを出してもらいたいと思っています。

起業支援に希望者が殺到

昨年から「ちいさなシゴトのつくり方」というテーマで、能代市と連携して起業セミナーも始めました。店を始めても収益が上げられず補助金が切れると閉店する人が多い。ちゃんと勉強して長くやってもらえるようにしたいと考えたことがきっかけだそうです。

「ちいさなシゴトのつくり方」のセミナー

昨年は、6回のシリーズで、県内外の起業家に話をしてもらったり、専門家に起業に必要なお金の話などをしてもらいました。今年も地元30人、オンライン20人の定員で開催する予定です。

受講生には、翌年度の能代市の商店街に店を持ちたい人を発掘・育成する「次世代商店主チャレンジ事業」に応募してもらい「のしろいち」に店を出してもらう。僕も昨年、チャレンジキッチンのアイデアを出して参加しました。期間を通して合計70人以上が集まり、そのうち9組がお試しでのしろいちに出店しました。これは予想を大幅に上回りました。まだ起業まではいっていないけど、マルシェに出たりスポット的に出店したりする人も出てきました。

起業セミナーは、今後の家守舎のメインの活動になると思っています。

商店主に「シャッターを開けて」と頼むのは無責任

商店街のシャッターを開けることについては、初めのころと今では考えが変わってきました。最初はガンガン開けていこうと意気込んでいたんですが、ある時、それって無責任かなと思い始めました。

町に元からいる人たちも勉強会を開けば参加してくれるんですが、あと何年かで店を閉めようかと考えている人も多くて。お金もかかることだから、人任せにしないで僕らが動かなきゃって思って。

秋田市ではエリアリノベーションを手掛ける 株式会社See Visions が何店舗も空き店舗を自分で開けているわけでしょう。ビルをリノベしてテナントを入れていけば、お客さんも増えていくはず。だから能代駅前も2つめのビルもまだ計画の初期段階ですが、何人かはもう一緒にやりたいっていう話になっています。

取材を終えて

湊さんの木の文化やまちづくりに対する思いに共感した民間と行政のエネルギーが次第に集束して小さなイベントがより大きな「のしろいち」も実現させ、古い商店街の境界区分けを超えた連携が生まれてきました。能代駅前に第2、第3のマルヒコビルヂングが生まれ、その周辺に楽しげな人影が増えていく。そんな未来が見えたような気がします。

マルヒコビルヂング
住所:能代市元町4-6
MAIL: info@noshiroyamori.com