2年ほど前、鹿角市花輪に突如、「鹿角タコス」と名乗る若者のグループが現れました。発起人は東京大学博士課程の大学院生。X(旧ツイッター)やInstagramには、商店街のマルシェなどへの出店や小さなイベントの情報が投稿されていました。そして1年ほど前には「鹿角ラボ」という店を始めたようです。なぜ東大生が鹿角で活動をすることになったのか、気になり行ってみることにしました。
花輪の商店街の駐車場に車を止め、地図を頼りに歩いて行くと、鹿角の有名なホルモン屋さんの斜め向かいにあるはずの店舗が見当たりません。よく目をこらすと、「鹿角ラボ」と書かれた木彫りの看板が地面に置かれていました!まるで秘密基地のように気配を消しています。
恐る恐る中をのぞくと、中にいる若い男性に「どうぞ」と声をかけられました。鹿角タコス代表の片山嵐太郎さんです。
店内に入ると、数年前に閉店した昔の店名がまだ書かれており、内装にはほとんど手を入れておらず昭和な雰囲気が漂っています。半分はバーとなっており、カウンターの奥にはお酒の瓶がズラっと並んでいます。もう半分は小上がりで座布団が置かれ、まるで居酒屋です。壁には鹿角ラボで開催したイベントのチラシや「リラックスってなに?」というような片山さんの問いかけを書き留めた紙がたくさん貼ってあります。
そんな独特な雰囲気の鹿角ラボで、片山さんのこれまでの活動について話を伺いました。
鹿角に来るきっかけ
片山さんは大阪府出身。東京大学博士課程の大学院生として教育哲学を研究しています。現在は大学院に通いながら、多い時は月に20日ほど鹿角に来ています。鹿角に来るようになったきっかけは、学部時代(東京学芸大学)のゼミの先生の影響です。鹿角が好きな面白い先生で、研究活動で訪れた際は学校でのフィールドワークの合間に道の駅を訪れ、おいしそうな野菜を見つけるとその栽培農家へ突然訪問したりしていました。
僕は鹿角に頻繁に来るようになって、この地域が面白いと思うようになりました。地元の人たちも、都会の学生が人口3万人の町で何やってるの?と面白がってくれるし。それで研究で関わるだけじゃなくて、文化的な面白いことを一緒にやりたいなって思ったんです。
鹿角タコスの誕生
ある日、学部時代の先生から米国みやげにブルーコーンチップスをもらったのをきっかけに、鹿角でもトウモロコシの栽培をしているし、ブルーコーンもできるのでは?と思いつきました。さっそく地域の農家に打診したら「いいよ、植えてみよう」って言ってくれて、試しに栽培してみたら、ちゃんと収穫できました。
収穫できたからには何かしたいと思い、このブルーコーンを使って自分が好きなタコスを作って食べてもらおうと思ったんです。『鹿角タコス』というブランド名を付けてイベントなどで提供しはじめました。
SNSなどでもよく投稿したので、面白がる人が大勢いました。県主催の農村振興の取り組み「AKITA RISE」にも参加し、これによって県内若手農家のネットワークでも認知度が高まりました。
鹿角に来るきっかけとなった先生が立正大学に移り、そこの学生も連れて鹿角市に来るようになったため、立正大学の学生も鹿角タコスのメンバーに加わっています。ブルーコーンのことも調査しなくてはいけないので、スペイン語が分かる学生もいます。
鹿角タコスの拠点「鹿角ラボ」の立ち上げ
繰り返しイベントを開催するうちに、活動メンバーから拠点が欲しいという声が挙がりました。はじめはタコス屋としてオープンすることを想定していましたが、生地のトルティーヤから作るとなると仕込みに丸1日掛かるのに賞味期限がとても短く廃棄も多いので、タコス屋は難しいと判断しました。代わりに、イベントバー”みたいなもの”を開こうと考えました。そこで鹿角市役所へ相談したところ数年前に閉店した店を紹介され、ここを「鹿角ラボ」と名付け、活動拠点にすることにしました。
イベントバー“みたいなもの”としたのは、『これは、○○です』って言い切らないところにこだわったからです。中途半端なままがいいと思っていて・・・。それがむしろ重要で、僕たちの立ち位置は、『関係人口』。秋田県にずっと住んできた人にとって、僕らは観光客以上ではあるが住人ではない、曖昧な存在です。だからこの鹿角ラボも関係人口的なお店にしたいと思いました。ここは明確な目的を持たない曖昧なお店です。だからこそ、新たな出会いがあったり、新しいアイディアが生まれたりと、予想もしなかった出来事が起こる場所になるんです。
鹿角ラボは原則、金土日曜日に店を開け、何かやりたい人が、「1日店長」としてイベントを開催することができます。イベントは何でもOKです。過去には、主催者が自分の誕生日パーティーを開いてみんなに祝ってもらう会とか、チーズ料理のラクレットを食べるイベント、教育哲学を研究している片山さんの個性を感じさせる哲学的なイベントなどが開かれています。
特定のイベントを目指して来る人もいれば、目的もなくのぞいてみることができる、地域の人のたまり場になっているようです。
『人が人を連れてくるお店』というコンセプトで運営しています。でも、誰でも入ってきてもらってOKです。地域の高齢の方が、『昔、ここで飲んでたんだよ』と言って、突然入ってきて一緒にお酒を飲んだこともありました。
鹿角ラボに来たことのある人であれば、希望すればLINEのグループに参加できます。現在、メンバーは120人程度。日々、自分のやりたいことを提案したり、イベントの写真を投稿したりしています。片山さんによると、このグループに入っていない人でよく来店する人もいるので200~300人ぐらいがゆるく繋がっているそうです。
鹿角タコスの今後
たくさんの人の縁によってここまでやってきました。2023年5月に、鹿角タコスは合同会社化しています。自分は場所に縛られない生き方をしたいと思っていて、教育者よりは経営者の道に行きたいと思っています。今後の事業展開としては、鹿角で生産したブルーコーンでブルーコーンチップスを商品化したいと考えています。また、鹿角ラボのような”目的を持たない空間”に社会的な意義があるなら、同じような空間をいろんな地域に展開していきたいと考えています。
人の集まり方、新しい活動への発展の仕方
鹿角ラボを例に、人の集まり方や新しい活動の発展の仕方について片山さんはこう語ります。
何となく繋がる、というだけじゃダメだと感じています。何とな
くの集まりでは単なる好きな者同士の集団となってしまいます。 だから鹿角ラボではときどき、当たり前について疑問を投げかけ、 議論するイベントを企画しています。例えば『宿題ってなぜやらな きゃいけないの?』みたいに、なぜ○○なのか、 という問いを投げかけることで、何となくの繋がりから新たな集団 や活動が生まれていくと思っています。
取材を終えて
関係人口として関わる大学院生を中心にコミュニティーができ、そこではお店とSNS上で好きなことを自由に話したりやったりできる世界が広がっていました。
「トリックスター」という言葉が浮かびました。良い意味で、社会に刺激を与えてかき回し創造的な混乱を引き起こす存在です。
博士課程を終えれば、片山さんも社会人になると思いますが、ご自身では教育者や研究者よりも会社経営が向いていると考えているそうです。きっと鹿角タコスや鹿角ラボのような不思議な、そしてちょっとソーシャルな会社を経営していくのではないでしょうか。鹿角タコスと触れ合って、鹿角にいることが楽しいと思う若者が増えるような気がしました。
鹿角ラボ
代表:片山嵐大郎(かたやまらんたろう)さん
所在地:花輪字堰向11
Instagram:https://www.instagram.com/kazuno_laboratory/