鶯谷駅から徒歩2分ほどにある居酒屋『月うさぎ』は、横手市出身の伊藤義茂さんが店長を務めている。伊藤さんは、高校を卒業してからずっと飲食業界に携わってきており、ここ最近になって「秋田」をテーマにしたお店を経営することになったという。
人とのつながりを大切にしてきた伊藤さんに、秋田への思いを聞いてみた。
伊藤義茂
1978年生まれ、秋田県横手市旧大雄村(現大雄)出身
秋田県立雄物川高等学校卒業後、飲食店業界へ。
現在「月うさぎ 鶯谷店」の店長(2015年~)。
趣味はバスケットボール。お気に入りの日本酒は、”まんさくの花”と”天の戸”
― 飲食業界に進もうと思ったきっかけはなんですか?
学生の頃は特にやりたいこともなくて、なんとなく東京へ出て飲食店に就職したんですが、やってみたら性に合っていたし面白かったんです。僕は三人兄弟の末っ子なんですけど、幼い頃から自分だけ家事をさせれていたこともあって、義理の姉から「やってみたら?」と一言背中を押されたのが決め手でしたね、今思えば。
― お店を「秋田色」にしようと考えたのはなぜですか?
当店はのれん分けで、同系列のお店が3店舗あります。もともと、僕は月うさぎ本店のお客だったんですけど、社長と知り合って鶯谷店の店長をすることになりました。他の同列店は特に秋田を売りに出しているわけではないのですが、自分が店長としてやるなら「秋田」を全面に出していきたいと思ったんです。
最初は、コストや調達を考えるととても大変だなと感じました。ですが、やればやるほどご縁が広がっていき、秋田のことも知れば知るほど改めて面白いなと。「なんだ、オレ秋田のことまだまだ知らなかったな」って日々感じています。
メニューには、三種町の馬刺しや八森の魚介、横手のシルクポークや三関のせりや山菜などを使用し、日本酒はたまに県外のも置きますが、ほぼ秋田に統一しています。
― 秋田に帰ってお店をやろうとは思わなかったんですか?
それも考えたんですが、友人に相談したら、「秋田に帰ってやるのはいいけど、客来るの?」と言われてハッとしました。首都圏と比べて人口の絶対数が少ない環境では厳しいなと思いました。
正直、秋田にいた頃は「何にもなくてつまらない」と感じていましたが、離れてみてようやく秋田の良さに気づくことができました。地域としての課題は山積みだけれど、課題も含めてやっぱり面白いなと思いますし、「まだまだやれる」って思っています。
秋田の課題のひとつに、認知度が低いというのがありますが、東京にいる僕らみたいな若者をどんどん使ってほしいなと思うんです。お店にPRチラシを置いてもいいですし、食材調達やメニュー開発なんかも含めて一緒にできたらいいですね。
― お店を経営するにあたり、ポリシーはありますか?
当たり前ですが、「美味しいものを提供すること」です。素材の旨みを生かした料理を通して、お客様が心から満足できる機会をつくれたらなと思っています。
東京で秋田料理のお店を出してみて気づいたことは、お客様の反応がとても良いということです。お店をやってよかったなって日々感じています。お客様の期待に応えるためにも、秋田のとびきりの食材でおもてなしできたらと思っています。
― 最後に、秋田に対して思うことはありますか?
秋田に対しては、ただ、「がんばれ!」と思っています(笑)。もっと踏み込んで言うなら、「どうせやってもだめ」と否定的に受け止めたり、物事を固定観念で見たり、「おれだの若い頃は~」と過去を引きずり出したりするのではなく、前に進もうとするエネルギーをもつことですかね。
秋田ではなかなか、「やってみれ!」という言葉を聞かないんです。失敗するのを恐れて、責任の押し付け合いがまん延している感じもします。僕は、誰かが何かをやろうとしたら応援できる人でありたいと思っています。年齢的にも「中間管理職」的な位置ですが、大人が若者の背中を押せる体制ができたらもっとハッピーになるかもしれませんね。
僕自身も若い頃に秋田を離れて上京しましたが、だからこそ見れた景色があります。今の若い人たちには、自分の人生を尊重しつつ、生まれたところを大切にしてほしいなと思っています。
― ありがとうございました!
(2018年2月3日)
文・写真:渡部みのり