2019年10月7日、渋谷で秋田文化会議が開催されました。この会は読売新聞の橋本五郎さん、女優の浅利香津代さん、元東レ経営研究所社長の佐々木常夫さんの3人が世話人を務める秋田人の集まりです。年に2回、都内で会合を開催しています。
今回のメインゲストは、「発酵業界に今野あり」と言われる秋田今野商店の今野宏社長。同社は、日本酒、焼酎、みそ、醤油などの発酵食品の製造に必ず使われる種麹(麹菌)や有用微生物を製造販売されている会社で、東日本のお酒が10本あれば、そのうち6~7本は同社の菌を使っているそうです。日本で一番大きな焼酎屋さんは宮崎県の霧島酒造で、宮崎と鹿児島のイモで焼酎を作っておられますが、菌は今野商店のものを使っているとのことです。
麹菌のことを「もやし」というそうですが、醸造界(特にお酒屋さん)では、もやし屋さんといったら種麹屋さんのことを指すそうです。このため、今野社長は、野菜のモヤシを作る「モヤシ屋」と勘違いされることが多くて困っているそうです。(笑)
今野社長は、大仙市刈和野にある株式会社今野商店の3代目。発酵のメッカとして知られるオランダのデルフト工科大学に5年ほど留学した後、秋田に戻り家業を継がれたそうです。スーパーマリオブラザーズのマリオにちょっと似た素敵な紳士。博士号を持つ研究者でもあります。
今野商店は、もともとは刈和野でお神酒を作ったりお醤油を作っていたそうですが、110年前に現在の種麹や有用微生物を製造・販売する会社として大阪に会社を創りました。創業者の今野清治さんは、日本で最初に麹菌の無菌培養に成功した人だそうです。同社が「業界に今野あり」と言われるに至った理由の1つには、創業者清治氏が発明した「今野フラスコ」があるそうです。普通のフラスコより底面積が広く、そのおかげで菌をたくさん培養できるのです。
麹菌は、現在知られているだけで9万7000種あるカビの一種。大半の菌はいろいろヒトにとって好ましくない特徴をもっているけれど、麹菌は酵素を出してお米を溶かしたりタンパク質を溶かして体に良いものに変えていく性質がある稀有な菌なのだそうです。日本人が古くからそれを知って麹菌を使って醸造技術を磨き、世界一の発酵文化を作り上げてきたというのは、すごいことなのだなあと思いました。
発酵工業は日本の国内総生産(GDP)の3.5~3.6%を占めており、麹菌がかかわるものはその3分の1に当たる5兆円に上り、これは国防費と同程度。さらに、平成18年には、麹菌は「国菌」に認定されたそうです(国旗じゃなく国菌!)
その日本人の中でも秋田人のカビに対する意識は高く、秋田弁では、カビが生えて腐ることを「かぶけくせゃ」、細菌によって腐ることを「あめた」と区別しているそうです。今野社長は、こんな県民はほかにいないのではないかとおっしゃっていました。
今野商店の創業の地は大阪!しかし、従業員は秋田人のみでした。なぜかというと、創業者の清治氏は、自分の会社が農家の次男・三男対策になると考えたからなのです。長男は実家の農家を継ぐが、次男・三男は実家を出て働かなければならないので、その勤め先を提供する目的だったのです。二代目で今野社長のお父様の憲二氏は大阪に住んでいた時も秋田弁、周りの方も全員が秋田弁だったため、家に遊びに来たお友達に、「君は日本人じゃなかったんだね」と言われたことがあったそうです。テレビ、ラジオがない時代、関西人にとっては秋田弁は外国語のようだったんですね。昭和20年に大阪の本社は焼失したため昭和22年に清治氏の義理の弟さんが刈和野に工場を建設、秋田今野商店が誕生しました。
味噌ががんを予防するらしいという話も目からウロコでした。広島・長崎に原爆が落とされた当時、被ばくしたのに白血病やがんにならない方たちがいたので、そうした方々について研究(疫学調査)をしたところ、味噌汁を頻繁に食べていたという共通点が見つかったそうです。放射能を分解する微生物はいませんが、麹菌には金属を抱きかかえて外に出す効果(キレート効果)があるそうです。味噌の中には5%の油(遊離脂肪酸、脂肪酸エチルエステル)が含まれていますが、これらがん細胞などの変異しようとするものと闘う効果(抗変異性)があるそうです。大豆のイソフラボンを作るのも、麹菌のβグルコシタダーゼ、水酸化酵素なのだそうです。
麹菌はたった1種類の菌ですが、人間と同じようにいろんなタイプのものがあり、タンパクを分解するタイプや脂肪を分解するタイプがあるそうです。特にNo.138とNo.139の麹菌には、油を分解して、脂肪酸や脂肪酸エステルを作ることによって、変異と闘う力が普通の味噌の菌の3倍もあることを発見され、このことで同社は特許を取得されました。また、菌がもつ抗変異物質についての研究が認められ、特許庁長官賞も受賞されました。
日本では、高齢化が進む中で、病気にならないための食生活に関する研究が進んでいます。その中で、味噌汁の摂取量が多い人ほど、乳がんの発生リスクが低いことが判明したそうです。大豆の中のイソフラボンも摂取量が多いほど、乳がんの発生リスクが低いとのことです。国別年齢別の乳がん罹患リスクの調査では、アジア人の発生リスクが低いという結果が出ています。(日本人も低いのですが、韓国人とインドネシア人はもっと低い)その理由について調査したところ、大豆が関係していることが分かったそうです。秋田も大豆の産地で、刈和野には農水省の大豆試験機関で大豆の新しい品種を作っているそうです。しかし大豆をよく食べるブラジル人の乳がん発生率は高く、日本が低いのは、日本は大豆を発酵させて食べることが多いのに対し、ブラジルは発酵させないからではないかと推論しています。
イソフラボンは体によいと言われていますが、大豆の中では糖が結合した配糖体として存在しています。イソフラボンを体内に吸収するには配糖体から糖を切る必要があり、その糖を切ることができるのが麹菌だそうです。日本人の乳ガン率が低い理由は、日本人が麹菌を使った大豆食品を食べ、イソフラボンを多く摂取しているためと言われています。韓国では大豆に別のカビを使い、インドネシアでもテンペ菌というものが大豆に入っており、同様に発酵した大豆を食べていることががんを少なくしているのではないかとみられているそうです。
質疑応答コーナーでは、EM菌について質問が出ました。EM菌は本来、農地や水環境の改善に威力を発揮する人や環境に優しい善玉菌のこと。良い水田に裸足で入ると土がヌルっとする理由は、光合成細菌がいるからで、そのおかげで稲がよく育つそうです。水田から出てきたものがいろんなものに効くということで試す人が多いのですが、なかなかうまくいかないそうです。人間は「氏と育ち」というように、菌の世界も、菌そのものと培養の両方がうまくいかないといい商品ができず、EM菌やお酒の世界も味噌についても同じことが言えるそうです。今野社長は、EM菌も育ちの部分をきちんと管理できれば、いい結果がでるのではないかなとの見解を示されておられました。
会議の後半では、会議の世話人である橋本五郎さんと佐々木常夫さん、会議に参加された複数の方がお話をされました。
橋本五郎さんは、出身地である秋田県三種町での住民による新しいバス運営の取り組みを紹介されました。三種町では、秋北バスが町民の足となっていましたが、町からの補助金があっても、運営が厳しくなり撤退が決まりました。そこで、町が貸与したバスを町民みんなでルートを考えて、町民が運転して、車を持たない高齢者などの買い物や病院通いに活用するという取り組みが始まりました。運転手のなり手がいるかも心配されたのですが、大勢の方が立候補してくれたので、交代で運転をしているとのことだそうです。
高齢化社会、過疎化の時代です。二種免許を取らなくてもいいように規制が緩和されたこともこうしたバスの運営を可能にしました。橋本さんは、「町や国に何かを要望するのではなく、自分たちで協力し合って何かをやる時代になった。小さい希望と思える取り組みだ」と話しておられました。
次に、佐々木常夫さんから秋田文化会議の今後についてお話がありました。佐々木さんは3年前から秋田文化会議の世話人を務められる一方、東京在住で秋田の産業活性化のために何かしたいと集まった秋田産業サポータークラブにも参加されておられます。佐々木さんはこの2つのグループを統合した方がよいのではないかと考え、関係者とも話し合われましたが、やはり両グループの立ち位置が異なるとしてそれぞれの道をたどろうという結論になりました。秋田に関係する人は秋田に100万人、首都圏に100万人います。秋田文化会議では当初、秋田内陸縦貫鉄道(内陸線)が廃線の危機に瀕したことから、旅行会社と連携して内陸線に乗るツアーを開催するなどして存続に貢献しました。当初は、秋田在住者から「外にいる者に何がわかる!」といった意見も聞かれたようです。しかし、そうした批判を恐れずに、これからも何か目的が見つかれば、地元の人たちに嫌われない程度に取り組んでいきたいと述べられました。
次に、ソウル五輪でレスリングで金メダルを獲得された秋田出身の佐藤満さん(専修大学教授)がご出席されていたので、一言お話をいただきました。先月開催されたレスリングの世界選手権に触れ、レスリングが今厳しい状況に置かれているが、日本の選手も頑張っているので、皆さんに応援していただきたいと語られました。佐藤さんは最近、伊調薫選手と会食し同選手と今後の針路について話をされたそうです。
しかし、米国にはレスリング人口は26万人おり、NCWAという学生の大会もあり2021年から女子の部ができるため、日本の女子のレスリングはどんどん厳しくなるだろうとおっしゃっておられました。
わらび座の山川龍巳社長にもお話をしていただきました。わらび座では、龍角散とコラボして、クラフトビール「ドラゴンハーブヴァイス」を製造販売しています。販売が好調で、台湾や中国からも注文が来たそうです。わらび座では、最近、「あきたいぬになりたくて」という新作ミュージカルを公演し、秋田犬のようなアイドルになりたい女子高校生3人が主人公のミュージカルを上演しているそうです。さらに、12月17日に葛飾区のリリオホールで二宮金次郎を題材にした「KINJIRO」の公演があるため、見に来て欲しいと話されました。作・作詞・演出を担当された鈴木聡さん(元博報堂のコピーライターの脚本家)が本当に面白い方で、この金次郎は、薪を背負ってマイケルジャクソンのムーンウォークで舞台に登場するそうです。山川社長は、二宮金次郎は真面目で勤勉で軍国主義のシンボルのように教育を受けた世代だそうですが、実は金次郎は豪快で人情に厚く、日本中の村おこしをした人、今だったらスーパー経営コンサルタントのような人だったそうです。進路に悩む学生さんも、「村おこしや町おこしや事業のアイデアを探す大人にもヒントをたくさん与えてくれるミュージカルだそうです。二宮金次郎について今こそもっと知って欲しい、日本の精神を取り戻さなければならないと、山川社長は語っておられました。
最後に産業サポータークラブの鯨岡修・副会長からもお話をいただきました。秋田の産業のために、秋田にゆかりのある人、出身者だけではなく秋田を応援したいという人がサポートできることはないかと集まり、製造業やエネルギーなどの産業振興、観光産業のためにさまざまな活動を展開されているそうです。複数のグループがあるそうですが、秋田の貴重な文化や伝統芸能をさらに発展させるため「夢づくり」というワーキンググループでは、わらび座の応援もされていることを紹介され、以前は上場企業の役員クラスの人たちが集まっていましたが、今は秋田のために何かをしたいという人はどんどん入会して欲しいとおっしゃっていました。
文・写真:長谷川 綾子、竹内カンナ