大正時代に建てられた庄屋屋敷で旅館を営む秋田県大仙市強首温泉の樅峰苑(しょうほうえん)に行ってきました。訪ねたのは蝉(セミ)の鳴く7月末。今、写真を見返すと子供のころ毎年夏休みに遊びに行っていた母の実家の思い出がよみがえってきました。
オーナーの小山田明さんは、江戸時代の初めに茨城県から転封になった佐竹家に従って秋田に来た小山田家の当主です。秋田に来た当時、西木村小山田に居を構え、その後今の大仙市強首(こわくび)に移り住み、長く庄屋を務めました。廃藩置県後も県議会議員などを輩出してきた家だそうです。
この建物は、3年かけて大正6年に竣工。今では手に入れるのが難しい秋田杉の大木をふんだんに使い、この黒光りする床は、長年乾拭きするだけでこの光沢!
10畳の部屋4つの真ん中に立っている柱は、まるで手品のように外れるのです。これがなくなると40畳の大広間になります。昔は冠婚葬祭などを家でやっていたので、そんな仕組みをこしらえたのです。
天井裏から機械で天井を釣り上げることによって柱と天井の間に隙間ができるので、柱を外すことができます。40畳の大広間。なんだか耐震性が心配だと思いましたが、この建物を建てたのは大地震の直後、十分な耐震性を計算してあるそうです。
この書院欄間は、樅峰苑が国の登録有形文化財に指定されたときに「優秀な技術がみられる」と評価されたそうです。
長押の釘隠しの形が一つ一つ違うのにも驚きました!それほど丁寧に建てられた家なのです。
2階の窓のデザインにはアールデコ風ではありませんか?
お料理も、佐竹知事の言う「高質な田舎」の高質な「田舎料理」でした。
そばを雄物川が流れ、川蟹の中でも大きい「モクズガニ」がいただけます。市場にはほとんど流通しない、この土地ならではの味です。上海蟹の親戚のようにハサミに毛の生えた蟹は、つみれ汁や蟹みそ甲羅焼、蟹の唐揚げなどにしていただきます。この日は、その中でも一番贅沢な8匹のミソを使った甲羅焼きをいただきました。
ちびちびと日本酒と味わうのにぴったりの料理です。(笑)
豚肉、ゼンマイ、豆腐、白菜の味噌風味煮込み。強首の白菜は、「まぼろしの白菜」と呼ばれ日本一おいしいと言われているそうです。(誰がそう言ったのかは不明ながら・・・)
鯉の甘煮。口の中でほっこりとほぐれます。
そして朝ごはんも地元の和の食材をたくさん使い、手間をかけて作られているのを感じました。
樅峰苑の温泉は、国内では希少なヨウ素泉を源泉かけ流しで使用しています。この温泉の特徴は、空気に触れると無色透明から黄緑に色が変化することです。2014年に環境省の温泉の分類に加わった泉質で、飲むとコレステロール値を下げたり動脈硬化を予防するなどの効用があると言われているそうです。
これは、貸し切りの半露天風呂。庭の近くから空を見上げると・・・
まるで森の中にいるようです。
そして、これは露天風呂から出て母屋に戻る時に撮影した景色。お屋敷の周辺はうっそうと木が生い茂っていますが、その向こうに広々とした田んぼが広がっていました。
樅峰苑にはこの建物をできるだけ昔のままに残したいという小山田さんの気持ちがいたるところに表れていました。消防法に準拠し、どの部屋にも排煙装置がありますが、木製のカバーを掛け雰囲気を損なわないような工夫がしてあります。トイレにはちゃんと温水洗浄機が付いている。
古い建物は美しいですが不便だし、メンテナンスには莫大な費用が掛かるので、所有者は大変。特にそこに居住していると、何の収入も生み出さないのですから。
そうした古い建物のうち国や自治体から有形文化財に指定を受けた建物の所有者たちが共同で、補助金や税金に関する情報を交換したりして助け合おうということで設立されたのが登録文化財所有者の会。今年は各県にできた所有者の会の全国組織も立ち上げられました。
樅峰苑も秋田県の登録文化財所有者の会のメンバーになっています。しかし、多くの建物は、所有者の高齢化が進む中、次世代に建物を守っていこうという意識を受け継いでもらえるか、という不安を抱えています。実際、多くの古い建物が壊されてきました。でも、古い建物に魅力を感じる人は多いので、樅峰苑のように収益を得る道を考えたり、有志が力を合わせて古い建物を生かしていっていただきたいと思います。
文・写真:竹内カンナ
※写真は樅峰苑と日大理工学部の佐藤信治先生からもご提供いただきました。