県内の商店街や地域に新たな風を吹き込み、活性化に向けた取り組みをしている方をご紹介します。今回は、大曲駅から東に約4kmの田園地帯に位置する大仙市高梨に移住し、飲食店やキッチンカー事業を行いながら、地域を盛り上げる活動を行っている高梨商店の松本紘幸さん・さとりさんご夫婦にフォーカスしました。
理想郷を求めて
松本さんご夫妻は、元々東京都内を拠点にして飲食業に携わっていました。紘幸さんはアウトドア料理を提供する飲食店を経営、さとりさんはキッチンカーにて都内各地でランチを提供したり、イベントでタコライス等を販売するなど様々な活動をしてきました。
ふたりには、将来住みたい場所、子育てをする場所について夢があり、その実現のために移住を検討してきました。自然に囲まれた農村で食事には体や心に優しい素材を使い、自分達が働くそばで子どもたちが遊ぶ、農的でサステナブルな生活に憧れを抱いていました。千葉県や山梨県、長野県のパーマカルチャーやエコヴィレッジといわれる集落を訪れ、そこに暮らす人たちと会うなかで、自分達が求める理想の地を探してきました。
そうした理想の移住先を探す旅をするうちに、ふたりがたどり着いた結論は…「どこでもいいかな」でした。「自分たちが求める暮らしはどこででもできる。だったら、誰かが作った場所に住むのではなく、自分たちで作ろう」という結論になりました。紘幸さんは、移住する先がどこでもいいのであれば、協力し合える知り合いや仲間がいる地元が良いと考えました。さとりさんのご出身は山口県で、秋田とはずいぶん離れていますが、紘幸さんの気持ちを尊重し、2019年の暮れに大仙市高梨へ移住してきました。
高梨商店を開店
冬のある日、ふたりは高梨地域内でまったく雪寄せされていない大きな古民家を見つけました。その古民家に魅力を感じ、所有者とコンタクトを取ろうと不動産屋に行きましたが、なかなか情報を得られませんでした。その後も市内の不動産屋に通ううちに、ようやく所有者の連絡先が判明し、交渉の末、この素敵な古民家を購入することができました。
「この建物は昔、神社の神主さんが住んでいたり、小さな図書館になっていたり、昔から人が集まるところだったみたいです。そういうところもこの建物に引かれた理由の1つです」

築130年を超える古民家をリノベーションした高梨商店
購入した古民家を飲食店の店舗に改装するため、紘幸さんの友達の大工さんに協力してもらって工事を行いました。建物の断熱性が低かったため、壁・天井裏・床下に断熱材を入れたほか、キッチンをオープンにし、カウンターと広い座敷に座卓の客席を作りました。
こうして、雪に埋もれていた古民家は、冬も暖かく明るくて開放的な飲食店兼居宅へと生まれ変わり、2020年10月、高梨商店の開店にこぎ着きました。
高梨商店~飲食店とキッチンカー~
高梨商店では、水・木・金・土の週4日、11:00~15:00の時間帯でランチ営業を行っています。また、お店で作ったお弁当や冷凍カレー、自家製ソーセージなどを地元のスーパーに卸販売したり、キッチンカーで市役所や病院などに出向き、お弁当を出張販売したりしています。また、休日のイベントやお祭りの際にはキッチンカーで出店し、ローストチキンやソーセージなどを中心に販売しています。

開放的な店内
「お店で製造している冷凍食品はオンラインショップだけでなく、大仙市のふるさと納税の返礼品に選んでいただいたり、郵便局のふるさと小包としても販売したりしています。イベントで買っていただいたのをきっかけにうちの店を気に入っていただき、オンラインで購入するというリピーターも増えています」
「飲食店をやっていた彼と、キッチンカーやケータリングをやっていた私が一緒に仕事をするようになったので、ふたりでなら東京での経験を活かし飲食店の営業も大きなイベントも乗り越えられると思っています」
丸子川ナイトマーケット

丸子川ナイトマーケット(ウェブサイトから)
高梨商店が開店した2020年はコロナ禍の真っ只中。飲食店は、コロナ感染症対策として時短営業や営業日数の削減を余儀なくされ、来店客数が減少していくため先行きが不透明な状況でした。コロナ禍の厳しい状況の中でもお客さんを確保し営業を継続していくため、2020年4月から大仙市内の飲食店有志が「大仙エール飯」と銘打ち、テイクアウトを推進しました。
同じ頃、大仙市内の飲食店経営者たちとの会合の中で、テイクアウトだけではなく、以前のように人が集まる場を作りたいという意見が出され、その中で「感染症に気をつけながら、外でイベントをやってみよう」というアイデアが出されました。丸子川の土手沿いの道路端に様々なジャンルのキッチンカーや屋台を並べ、来場したお客さんに楽しんでもらうイベントを構想し、コロナ禍という特殊な状況下で感染症対策など苦労はありましたが、2021年7月に第1回丸子川ナイトマーケットを開催することができました。
1回目は感染症対策として、16~19時の3時間限定でキッチンカーや飲食店の屋台15~16店舗が出店したところ、コロナ禍で世間が外出を控えていた時期にもかかわらず600名程度の来場がありました。その後、第2回を開催した際には来場者は1,000名以上となるなど、イベントの知名度も徐々に高まり、第3回以降も来場者数はどんどん伸びていきました。現在は、丸子川ナイトマーケットには50~60店舗が出店しており、来場者数は数え切れないほどになっています。
「このイベントは市役所や商工会議所ではなく、大仙市内の飲食店有志が自発的に始めて、自分たちで協力し合いながら運営しています。コロナ禍で飲食店に来るお客さんが伸び悩んでいる時に、若者たちが中心となって始めたんです。それが、だんだんと大きくなって今の形になりました」
紘幸さんは3年間、丸子川ナイトマーケットの代表を務めてきましたが、昨年、4歳下の大仙市内の居酒屋の店長に代表を譲りました。「古株は抜けないとね(笑)。一人が長い間代表をやっていても、後任が育たないし若い人もやりにくいと思います。短い期間で後輩へとバトンを繋いで世代交代していく流れができれば、どんどん活性化していくと思います」
賑わう高梨エリア

高梨朝市(高梨商店のインスタグラムから)
高梨地区でも周囲を巻き込み人が集まる活動を行っています。高梨商店の敷地内に農作物やクラフト製品などを販売するお店のほか、ワ
「朝市を企画したときは、お客さん、来てくれるかなぁと心配していたんですが、開催を重ねるにつれどんどん規模が大きくなってきて。キッチンカーだけじゃなくて朝ヨガをやる人や、いろんなワークショップをやる人もいます。ご飯を食べている人もいれば、ライブをやっている人もいます。朝早くに始まって午前11時ぐらいには終わります。だから、そのあとの時間もたくさんあるので1日を有効に過ごせるのがいいと思っています」
「五城目の朝市に行ったのがきっかけで、自分たちの敷地でも朝市をやりたいと思いました。路上でおばあちゃんが漬物を並べている隣でおしゃれな若者がケーキを売ってるみたいな。その雰囲気がすごくいいなと思いました。県内のいろんなところにある朝市文化は素敵だと思います」
ほかにも、カレーを食べながらアニメや映画を鑑賞するイベントの「カレーシアター」や、子ども向けのイベントを定期的に開催しています。

カレーを食べながら映画をみるイベント、カレーシアター
「うちが定期的に取り組んでいる子ども食堂は、『木の実』と名付けた木製の板を大人に買ってもらい、『食事になる木』にぶら下げてもらいます。子どもが木の実を取ってカウンターに行き、注文すると食べ物や飲み物をもらえる仕組みにしています。コロナで薄れてしまった繋がりを取り戻したく、みんなで誰でも来ることができる居場所を作りたいと考えて企画しました」
「朝市やカレーシアター、子ども食堂をボランティアとして手伝ってくれるお母さんたちはほとんど地元の方で、この方たちは月に1回集まって料理作ったりするのが楽しみだとおっしゃってくださいます。お客さんも後片付けとか掃除とか手伝ってくれるんですよ。常連さんになって関係性が深まってきており、ここが1つの居場所になってきたかなと思います」
「このような取り組みを4年間続けてきて、地域の方たちとのつながりが増えて、自治会の役員会とか消防団の飲み会とかに高梨商店の料理を使ってもらえるようになりました。この地域の小正月行事の天筆(てんぴつ)というお祭りにも関わらせてもらって甘酒を作ったり、お土産の準備も手伝わせてもらったり。そういう役割をいただいて自分たちを認めてもらえるのはありがたいことだと思っています」
ビレッジ構想

さとりさんが描いた夢の高梨リトリートビレッジ
二人には、移住してきたときからずっと追い続けている夢があります。それは、サステナブルで農的な生活を営める「ビレッジ」を作りたいという構想です。絵心があるさとりさんは、理想のビレッジ構想を絵として描いています。
村の中心にはセントラルキッチンとして高梨商店があります。その周囲には子どもたちが遊ぶエリアやシアターエリア、サウナエリアや農場など、自然を活かした「理想の村」が描かれています。この村に宿泊施設を加え、外から来た人たちが高梨で心と体を休め、ゆっくりと過ごせる環境を作りたいと考えています。
「外からの人を温かくアットホームに迎えられる場所を作りたいと考えていて、うちの近くに宿泊できる施設を作りたいと思っています。首都圏にも友だちがたくさんいるので、まずは彼らに泊まりに来てもらえたら嬉しいです。そこから口コミで高梨に来てくれる人が増えたらいいなと思っています」
「今の生活は東京にいたときより忙しいですが、人間らしく、人と人が支えあって自然と共に生きていくという理想に近づいている気がします。大切なのは心と体が健康であることだと思います」
ふたりはゆったりとした自然の中で生活しながらも、忙しい日々に手ごたえを感じ、理想の実現に向かって走り続けていきます。
◇ 高梨商店のインスタグラム:https://www.instagram.com/takanashistore/
◇ 高梨商店のFacebook:https://www.facebook.com/takanashistore11
文・写真:竹内カンナ