印刷を川上に遡上中! 秋田活版印刷

印刷業は川上に行かなければいけない

畠山紀夫社長

秋田活版印刷の畠山紀夫社長は、印刷会社の従来の業務を川下とすれば、これからは、出版社のような「川上」の仕事もできなければならないと話します。

同社は秋田の印刷業界の老舗で質の高さで定評のある会社です。しかし、簡単な印刷物は、誰でもパソコンで作れるようになった今、もう従来の印刷会社の常識は通用しません。

印刷業界の未来

これから印刷会社が手掛けるのは、ずっと残しておきたいと思えるものだけ。同社は、そう考えて、この十数年、図書館や個人の蔵書として長く大切に読まれ保存される本に印刷の前の段階から関わりたいと考えて方向転換を進めています。

ホームページに、「第52回造本装幀コンクール 受賞作品発表」とありました。開いてみると、コンクールがあったことが書いてあり、「受賞作品一覧」のところにリンクが貼ってある。「ああ、自分たちは受賞できなかったけど受賞作品を紹介して今後のはげみにしようということか」と思って、クリックすると、なんと2番目に秋田活版印刷の名前が!!なだたる大印刷会社よりもずっと上に名前があるのです。もちろん、印刷会社だけではなく出版、装丁、製本会社との共同作業が評価されたということですが、なんというか控えめ。2019年3月にドイツ・ライプチヒで開催される「世界で最も美しい本コンクール」に出品されるそうです。

これが、その受賞作品。なかなか渋い装幀です。

経済産業大臣賞(最優秀賞)をとった「村上善男―玄々とした精神の深 みに」

小口を黒く塗る発想は、素材に合ったデザインを追及する過程で生まれました。自分たちの希望する仕様を従来の製本作業の固定観念を変えてでも実現したいと思い、手作業でもやりとげようと試行錯誤の末にたどり着きました。

表紙は、簡単に言うと「ボール紙」で、コーティングなどをせずに用紙の持つ風合いを活かすようにしたそうです。印刷の技術者の意見を聞くと、そう簡単ではなさそう。でも、普通でないものを実現することに夢中になる人たちが揃っていて、この受賞作品が生まれたのです。

受賞歴をまとめたものがないかとお聞きすると、「そういえば、そういうものは作っていませんでした」と営業本部の木村一徳さん。もっと自慢しても全然いいと思いますよ!

カッパンプラン

カッパンプランは総勢5人。そのうち4人が秋田公立美術大学の出身者。美大で表現の基礎を学んだ上で、卒業までにはアートと商業デザインとは違うのだということを叩き込まれてくるので、同大の卒業生は頼もしい即戦力で、活版印刷の技術者とのコラボがいい感じで進んでいるようです。

コンクールを目指した本以外にも、高級な美しい本をたくさん手掛けていらっしゃいます。

こうした秋田活版印刷の変貌に大きく貢献してきた若手社員の木村さんは、実は東京で法律関係の出版社の営業をやっていたそうです。青森県出身で結婚を機に5年前に秋田に来ました。出版と印刷は少し近い業界かと思って転職したそうですが、最初は戸惑うことも少なくなかったようです。しかし、出版社での経験が今の仕事に役立っているのは明らかです。

木村一徳さん

木村さんは採用も担当していて、求職者には、

「印刷業は製造業に分類されているかもしれませんが、サービス業だと思ってください」

と言っているそうです。

東京と名古屋に営業所

今、同社は、東京と名古屋に営業所を置き、「企画営業コーディネーター」を増やそうとしています。なぜ名古屋なのかとお聞きすると、たまたま名古屋に全国的なネットワークを持つ大きな顧客がいらっしゃるからなのだそう。

求める人材は、単純に印刷を引き受けるのではなく、

顧客が欲しいものを、いろんなものを組み合わせて商品にしていくことのできる能力を持った人

これ、めっちゃ高スキルですよね。これができるなら年収1000万円はくだらないのではないかと思いますが、秋田の場合、そうはいかないらしい。

秋田市生まれのフォトジャーナリスト高橋智史氏による「RESISTANCE カンボジア 屈せざる人々の願い」

木村さんも、秋田に来たときは、それまでの年収の半分近くになってしまったそうです。でも、そのギャップを補ってありあまるものを得られていると思うようになりました。

最初のころは、こんなものになるんだなあという思いも正直ありましたが、定時に帰れるし、子育てにもたっぷり関われる。仕事のやり方も自分で選べるし、選択肢の多さは魅力です

木村さんは、顧客の役に立ちたいという思いから、いろんなことを勉強したり、かゆいところに手の届くようなお手伝いをしてしまう人のようで、「車のリース契約のお手伝いや保険の相談にのったこともある」そうです。印刷業を川上に遡上するにはこういうマインドが必要なのかなと思いました。

従来の印刷会社の営業マンの仕事とはかなり違うため、経験者よりもむしろ印刷業界を知らない既卒や新卒の方が向いていると思っているそうです。畠山社長は、「人材は会社で育てるもの」という考え。現在の社員はほとんどが大卒ですが、高卒でもOKだそうです。それにしても成長し続ける気持ちを持っている人でないといけないでしょうね。

渡部みのりWLA編集長

待遇

社員は現在58名。男女はほぼ半々です。給料は秋田では良い方だそうです。産休や育児休暇はしっかりあります。特に、男性社員にも育児休暇を取ってもらおうと「1週間でも取ってみれば?」と勧めているそうです。

社内のコミュニケーションは非常によく、「良すぎるほど」だとか。社内結婚が多いそうですが、そのせい?

残業は平均で月7.3時間。「5時半にベルが鳴るとすぐに駐車場の車のライトが光ってエンジンが掛かり、パーっといなくなります」(木村さん)。一方、有給休暇は、勤続年数によって増え、最大20日間。取得日数は平均13.4日。継続的な編集の仕事についてはチームでワークシェアリングをしていて一人が休んでも困ることにならないような体制を取っています。

全館禁煙!

また、同社は「健康経営優良法人」に2年連続認定されています。秋田県で初めて認定を受けました。受動喫煙ゼロ、社員のストレスチェック、それに経営トップも健康でないといけないなどいくつものハードルをクリアする必要がありました。300人以下の中小企業では全国初だったそうです。また「ファミリーフレンドリー企業」にも認定されているそう。人材確保のためもあって、社員の働く環境の整備に熱心に取り組んでいます。

入口に赤字で「全館禁煙」のステッカー

同社は、社長から全員、サラリーマン。そのことと縁故採用をしないことをホームページにもうたっています。以前は魁新報社の関連会社で、同社から社長が来ていましたが、畠山社長は初の社内育ちのトップなので、「誰にでも社長になるチャンスがある」と、日ごろから社員に言っているそうです。木村さんによると、畠山社長は、「いいと思うことがあるならすぐに言え」と、社員の意見を大切にしてくれる社長だそうです。

こうした高級書籍へ川上から関わることは印刷会社の新しいあり方として理解しやすいと思いますが、同社の業務はそれだけではありません。データベースの構築や運営も手掛けています。これはどういう事業なのでしょうか?

学会誌をデータベースごと運営

「川上に行くという流れで、2006年からASP(ネットワーク経由でソフトウエアを提供するサービス)で、学術学会のデータベースの運用を始めました」(畠山社長)。

データベースを管理し、印刷物だけでなくさまざまなメディアに活用していくのです。土木学会や地球惑星科学連合とか・・各種団体の論文集や講演集などを蓄積し、それを必要に応じて印刷物にするそうです。

CD付で本型の箱に入った学会誌

昔は分厚かった学会の雑誌が、今は本の形をした箱になり、その箱に、数ページの概要とCDを入れたものになっているそうです。

山形県に農業情報を提供する関連会社

また面白い関連会社が山形県鶴岡市にあります。元々は普通の印刷会社だったのですが、ICTのスキルが高く、今では、山形県庁と組んで「アグリネット」という農業関係のウェブサイトと携帯端末向けアプリを手掛けているそうです。農作物の作り方、病害虫の発生状況、天気などを無料で農家に知らせます。天気はウェザーラインという会社と契約し、2.5平方キロメートルごとの細かな情報が提供されるので雹(ひょう)などかなり局地的な現象についても予報が受け取れるそうです。

取材を終えて:

ホームページを見るとちょっと古めかしいので、印刷業界をめぐる諸事情などを考えながら取材に臨んだのですが、同社が手掛けた書籍は、カッコよく、高級感があり、時代に合わせて変わろうとする意欲をひしひしと感じました。出版社的な感性を持った新しいことにチャレンジするのが好きな人が、やりがいを感じ、その上、私生活も大切にしながら働ける職場だと思いました。

◆秋田活版印刷のウェブサイトはこちら

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