秋田港にクルーズ船の寄港が増えていると聞いた時、一過性のものに終わるのではないかと心配していました。クルーズ船の寄港するところを見たこともなく、もちろん乗ったこともない私なので・・・たくさんの船客が秋田を訪れてくれるなんて、とっても嬉しいんですが。
そんな中、国土交通省から秋田県に出向してクルーズ船振興を担当されている白井正興技監が講演するという話を聞き込みました。1月に秋田市で開かれた「秋田のクルーズ船2019年寄港と経済効果」というテーマのイベントです。
C.F.C.クルーズ船ファンクラブという秋田市民の小さな団体が主催しました。「これは聞いてみたい!」と思いましたが、その日は忙しくて秋田に行くわけにもいかず、講演のあと、C.F.C.の柿崎公明さんから講演の録音をいただき、聞いてみました。
今がチャンス!
聞いたとたん、「今でしょ!」というあの林修先生の声があたまの中でぐるぐる回り始めました。せっかく今、寄港が増えているのに、市民がちゃんとお迎え態勢を作れなかったら、クルーズ船はすぐにどこかに行ってしまいます!東北各県についてはほぼ同時スタート。秋田県への寄港船数は2位。でもこれは県や市など行政が相当頑張っているから。もっと盛り上がったところで乗っかろうなんて考えていたら、いつのまにか来なくなっていた・・・なんてことになりかねません。
白井さんは、「今がチャンス!」と強調し、「伸びるか伸びないか、これはわれわれの工夫のしどころだと思います」と話されました。
2019年度は、乗客に日本人が多い内航クルーズが11隻、外国人が多い外航クルーズが17隻来港するそうです。定員は一番多いMSCスプレンディダ号で3000人を超えています。下船するのは全員ではないかもしれませんが、すごい人数です。
これまでの県などの対応
秋田県は、クルーズ船専用ターミナルを建設し、昨年春に完成しました。周辺を散策する乗客たちやバスやタクシーを待っている人たちが休んだり、観光コンシエルジュに観光についてのアドバイスをもらったりできるようになっています。また、以前はクルーズ船の来るたびに仮設テントを設置して物販をしていた人たちも、ここで販売ができるようになりました。
また、JR東日本が秋田港駅から秋田駅まで「クルーズ列車」を走らせ、そこからスムーズに各地に鉄道で行くことができるようになりました。このクルーズ列車の取り組みは、他に例がなく注目されているそうです。そもそもクルーズ客は乗り物好きが多いので、列車の旅も喜ぶと白井氏はおっしゃいます。
しかし、ここまで県やJRがやってきたので、
ここからは、地元がクルーズ客を満足させながら稼ぐ仕組み作りを考えてください。さまざまな体験や感動を売ってください。さらにはクルーズ客と交流し、案内をしたり、語学体験をするなどといったソフトの部分を進めていってください!!
というのが、白井さんの講演のポイントでした。そうです。「お・も・て・な・し」です!
秋田市には竿燈という大きなお祭りもあるので、一時的に観光客が増える時の対応は慣れているはず。問題は、それをクルーズ船が来港したときに乗客の属性に合わせて提供できるかどうかです。
船によって大きく異なる客層
白井さんは、「クルーズ船によって外国人比率の高いものもあれば、日本人がほとんどの船もあります。外国人に対しては「秋田」、「秋田」とアピールしても響かない。そこはしっかり日本の魅力をアピールする。日本人が多い船は首都圏のお客さんがほとんど。そういった人には秋田弁で話しかけるとか秋田らしさをアピールすると喜ばれるはず」と客層の見極めの重要さを指摘されました。
クルーズ旅行は世界的にも大きく拡大していますが、お金持ちが毎晩のように晩餐会を開きダンスをするといった昔の豪華なイメージとは異なるカジュアルクラスの船が増えているそうです。特に欧米では一泊換算で1万円を切るような安いクルーズもあるそうです。そうした船で旅行する人が増えていることも念頭に置かなければなりません。
他の日本の港と重複しないように
また、白井さんは、クルーズ船は日本のあちこちに寄港するので、サービスにしても物販にしても他の港と重複しないようにすることの重要性も指摘されました。外国人が多いというとお茶会などが喜んでもらえると思いがちですが、それは日本のどの港でも同じこと。その中でも選んでもらえるサービスを提供できなければいけません。
たとえば秋田の歴史を観光客にも興味をもってもらえるように説明できる歴史観光のテキストを作り、そうした説明ができるガイドを増やせば歴史好きな旅行者にきっと楽しんでもらえると思います。また、大館曲げわっぱや桜樺細工などの本物は何万円もします。しかし、なぜ高いのかを説明し、その魅力を知ってもらえれば高くても欲しいと思ってもらえるはずです。
市民の中には、いつクルーズ船が来るのかも分からないという声もあったのですが、これは秋田県がホームページで公開しています。ここに基本的な情報はありますが、船客の属性などの情報はまだ不足しています。また、港のそばに住んでいる人たちや商店、観光関係の人たちには、パソコンを開かなくても町を歩いていれば、クルーズ船の寄港情報がわかるようにしていきたいと白井さんはおっしゃっていました。
またクルーズ船の滞在時間は短く、入港するのは午前8時ぐらい、出港するのは午後4時~20時の船が多く、夜間停泊する船はありません。
司会をした秋田市議の武内伸文さんによると、昨年ダイヤモンド・プリンセスが来港したとき、通町商店街の女性たちが、外に「がっこ(お漬物)」とお茶を用意しておもてなしをしたそうです。英語が話せなくても困ることはなく、楽しかったとおっしゃっていたそう。そのうちの一人は、自宅までご案内して掛け軸をお見せしたり、お茶を点ててさしあげたそうです。今は、スマホの通訳アプリ「VoiceTra」や通訳専用の機械「ポケトーク」もありますから、以前に比べると言葉の壁は低くなりました。
行政主体から民間主導のクルーズ船ビジネスへ
しかし、まだ、地元にお金が落ちる仕組みになっていません。多くのおもてなしは現状、行政からの業務委託という形で行われているのです。
しかし、もの・サービスの消費に結びつくタネはたくさんあるはず。県は、2017年3月に行政と民間が一体となってクルーズ船の受け入れの拡大と関連のを進めるため、「あきたクルーズ振興協議会」を設立し、「秋田港クルーズ列車ワーキンググループ(WG)」、オプショナルツアーの開発や、県産品の船内での消費などを推進する「コンテンツ開発・営業(WG)」、「外国人対応WG」などで県内の官民のメンバーが議論をするほか、東京や海外のクルーズ業界関係者と接触してクルーズ船の秋田への寄港を増やす努力をしているそうです。
白井さんは、最後の大曲の花火などは、クルーズ船の会社に販売をしていってはどうかと思っているそうです。民間がそうしたアイデアを競ってどんどん進めていかなければいけません。
細やかなおもてなしの態勢作り
武内さんは、昨年、ダイヤモンド・プリンセスが来た時に、町で船客たちがどのように時間を過ごしているかを観察し、対応していた人の声を拾ってきました。
クルーズ船ターミナルでは八橋人形を売っていましたが、ほとんど立ち止まる人はいませんでした。しかし、別の機会に「長男が生まれた時は、牛の上に男の子が乗った人形を買うんだ」といった話をすると興味を持ってもらうことができたそうです。商品にまつわる歴史や謂れを説明すれば人々の心に伝わるのです。
また市民市場に行ったら、梅酒を買いたいというニュージーランドの方がいて、「試飲できますか」と聞いていました。漢字では書いてあったのですが、英語で書いてなかったので分からなかったのだそうです。
千秋公園にも、外人が地図を持ってたくさん歩いていましたが、自分がどこにいるかが分からず困っていた人がいたということでした。
クルーズ列車で秋田駅まで行ったはいいが、そこから行くべきところはどこかという情報が不十分だったので少し混乱もあったとか。もしかすると船内でもっと情報を提供したり、ガイドに事前準備としてもっと情報を提供していれば防げたことかもしれません。いろんなニーズがあるし、簡単に応えられる要望にもまだ応えられていないのではないでしょうか。
鉄道を利用したオプショナルツアーについては、今のところ、角館と十二湖観光がほとんどだそうです。しかし、鉄道やバスなどの便がよくなったので、いろんなプランを作って欲しいと白井さんはおっしゃっていました。現在、県と市とJR東日本が中心になって、ワーキンググループを立ち上げて検討を重ねているそうです。
また、白井さんは、角館にはたくさんのクルーズ客が行っているけれど、彼らに満足してもらえているか。サムライの里ということになっているけれど、サムライはいるのか、刀を見たりすることはできるのか、と懸念していました。
秋田は、クルーズ船の来港数は東北地方では、青森に次いで2位。仙台を上回っています。「今が東北のクルーズ観光の中心になれるチャンス!」と白井さんは思っているのです。
語学は慣れ
外国語が苦手、外国人が苦手なんていうのは、場数を踏むうちにどんどん平気になっていくものです。白井さんは「中学生英語で十分」とおっしゃっていました。
他の多くのクルーズ船寄港地と違って、秋田港にはすぐそばに土崎の町がある。これは希少価値だそうです。観光資源として世界遺産の白神山地も、ユネスコ文化遺産に登録されたなまはげのいる男鹿半島もある。温泉もあるし、逆に、何もない広々とした里山だって秋田の魅力だと思います。サイクリングやパラセーリングといったアクティビティも船の旅をしている人たちには魅力でしょう。武内さんは、お寺での座禅教室などもクルーズ客の興味を引くのではないかとおっしゃっていました。
あまり海外に行かないし、あまり外国人が来ることもない秋田県民のために、県はとても親切な「外国人旅行者へのおもてなしマニュアル」を制作しています。これを読んだらちょっと自信がつきそうです。
秋田には魅力的な観光資源が豊富
林野庁から秋田県庁に出向している眞城英一さんは、林業の専門家で秋田暮らし4年目。秋田県内を隈なく歩いているそうです。眞城さんは、「旅行で楽しいのは食べること」とおっしゃり、秋田の特産として山菜を挙げられました。根曲がり竹はぶっちぎりで全国一位。わらび、ぜんまい、うども2、3位だそうです。また、全国統計がないのですが、秋田ならではの味として『みず』を挙げられました。「山菜は道の駅などで売られていますが、観光客がすぐに食べられるようにはなっていません。夜に居酒屋などに行けばありますがクルーズ客が食べられる機会はほとんどないと思います」と、いい食材があってもクルーズ客にはおそらく食べてもらえていない現状を指摘されました。
ただ、クルーズ客は下船したとき、飲食にお金を使わない人が多いといわれているそうです。会場に来ていた秋田市の地域おこし協力隊の伊藤智博さんがクルーズ客に飲食を提供することについて質問すると、白井さんは「大型クルーズ船は横浜で大量に食材を買い込むので船内の食事は単調になりがちで、何か変わったものがあれば食べてみたいと思う人多いはず。そのためには土地のものをちゃんと説明して食べてもらうことが大切です。また外国人には(肉だけでなく卵、牛乳、蜂蜜も食べない)ビーガンや(小麦粉などに含まれるたんぱく質であるグルテンを食べない)グルテンフリーの食生活にこだわっている人も多い。そうした方たちへの対応も必要だと思います」とお答えになりました。土地の食材を使った秋田らしい料理の提供は和食や居酒屋が多いので、ランチで提供している店はまだ少ないそうです。
秋田の歴史・文化の説明能力
この会合にパネリストとして参加していた秋田高専の専攻科2年生で環境システム工学を専攻する沢石卓磨さんは、若者の視線から、「若い人たちは、秋田には何もないと思っています。こういう人たちに自分の目で見て体験して欲しい。そうしないと説明もできませんから」とおっしゃいました。「体験するというのがいちばんのポイントになる。お茶、お花もそう。全国で、できることかもしれませんが、体験できるようにしてほしい」とおっしゃっていました。また、秋田にはお祭りがたくさんあるので、それらを年中体験できるようにしてはどうか、ただ見ているのと体験するのとは全然違うともおっしゃっていました。
会場にいらしていた千葉美栄さんは、観光ガイド歴22年、「以前から千秋公園に来た外国人がボーっとしているのを見るのが耐えられなかった」とおっしゃるホスピタリティ精神にあふれる方。クルーズ船客への対応が十分かどうかとずっと危惧してきたそうです。しかし、「ここまでハード面が整ったので、今度は自分たちが頑張ります」とおっしゃり、千秋公園など秋田市内を英語でガイドできる人材を育成したいとおっしゃっていました。そしてこの会から2カ月の間に、もうその活動が始動しているそうです。
ビジネスコンテストやります!!
とにかくクルーズ客のおもてなしには、いろんな可能性があります。秋田県内の経済界や各地の観光業関係者や住民が、お互いに情報を共有しあって、競い合いながらクルーズ関連ビジネスのプランをどんどん増やしていって、秋田を訪れた人たちに秋田の魅力を満喫してもらえるようになってほしい!
今回の白井さんの講演を中心とするイベントを企画したC.F.C.クルーズ船ファンクラブは、現在、ビジネスコンテストの申し込みを受け付けています。3月20日までにいいアイデアのある方、是非、応募してください。31日に秋田市のにぎわい交流館AU(あう)で、書類選考を通った人たちのプレゼン・イベントを開催し、グランプリを選ぶそうです。
◆白井氏作成資料
文:竹内 カンナ