ブラウブリッツ秋田の挑戦 ー 夢への現在地 ー

能代市出身の工藤直之はスポーツ好きです。仙台在住なのでなかなか試合に足を運ぶことはできないのですが、有料チャンネルのDAZNを契約して、いつも家で秋田のプロサッカーチームのブラウブリッツやバスケットのノーザンハピネッツの試合を観戦しています。そして、そのわくわく感をもっとたくさんの人と分かち合いたいと思っています。

 

彼はまた、そんなスポーツを通じた一体感が、少子高齢化でそのうち消滅するなどと言われている秋田の沈滞したムードを変える一つのきっかけになると信じています。

 

数年前のインタビューでサッカーのブラウブリッツ秋田の岩瀬浩介社⻑が出身地に近い茨城県鹿嶋市がプロサッカーチームの本拠地になったことで大きく変わったと話していたことがずっと頭に焼き付いています。

 

スポーツを地方創生のハブにできないか、そんな気持ちをオンラインインタビューで岩瀬社長にぶつけてみました。


鹿島の奇跡

WE LOVE AKITA 工藤直之


工藤︓ブラウブリッツ秋田の試合をいつも観戦しているのですが、応援しながら秋田のことを思い、スポーツには人の心を動かす力があると感じております。岩瀬さんは数年前のインタビュー記事で鹿島アントラーズの誕生をきっかけに鹿嶋市が活性化していった「鹿島の奇跡」のことを話されていました。岩瀬社⻑は、地元で鹿島アントラーズが出来る前と後の街の変化やスポーツの力についてどのように感じておられますか

 

岩瀬︓私は鹿島アントラーズが誕生した頃は小学校56年生でしたが、できてから年々、お店が増え、道路などインフラが整備され、街並みが変わっていくのを目の当たりにしました。何よりも地元の人たちが活気づきました。

鹿島アントラーズが出来る前、あの地域は工業地帯で、九州などから単身で転勤して来る人たちが多く、その人たちと旧住⺠の間に溝があり、誇れるものが何もない町だと思っていました。それと同時に、当時はまだ分かってはいませんでしたが、社会問題というか、東京からわずか1時間半なのに若者たちが東京に出て戻ってこなかったり、転勤族の人たちもこの町には家族では住めないねと言っていたのだそうです。そうしたことがサッカーをきっかけに解決されていくのが印象的で、これは自分にとって非常に大きかったと思います。

工藤︓鹿嶋市を含む鹿行地区の人口は約30万人で今の秋田市と同じぐらいです。アントラーズは地方のスポーツチームのモデルケースと言われていますが、ブラウブリッツも秋田にそうした影響を及ぼせる可能性はありますか︖

岩瀬︓2006年に選手として秋田に来た時、最初に降り立ったのは象潟駅でした。TDKいう大きな会社があり、そこで働く人のベッドタウンのような町です。私が生まれた住友金属工業を中心とした鹿行地区と重ねたとき、正直、寂しさのようなところが似ていると思いました。もう一つ、子どもたちが夢や希望を描ける町ではなかった。子どもたちにはリアルなものを鮮明に見る体験が大事だということを考えると、そうした体験ができる機会が少なかった。ただ、住み始めてみると、年々、秋田には食であったり、竿燈などのお祭りであったり、自分の地元より誇れるものがいっぱいあるのに、なぜ若者が出て行ってしまうのだろう、なぜ観光が伸びないんだろう、もっと外から人が入ってきてもよいのにな、と思うようになりました。それぐらいポテンシャルを持っている秋田なのだから、何かうまくブランディングができれば計り知れない大きなエネルギーで活性化できるのではないかと思います。そういう意味で、このJリーグというブランドコンテンツをうまく利用しない手はないと感じています。

J1への道

工藤︓今年からJ2に昇格するなどブラウブリッツが一歩一歩「奇跡」に向けて進んでいるのを私自身感じていますが、今後の展望について、例えば10年後のブラウブリッツ秋田についてはどのようなビジョンをお考えでしょうか︖

ブラウブリッツ秋田 岩瀬社長


岩瀬︓現実的なことを言えば、ブラウブリッツ秋田は、首都圏に近く商圏が大きい鹿島アントラーズと比べると資本力に差があります。同じことをやってもだめだと思います。だから数年前の記事で僕がJ1目指していると思われて、鹿嶋と秋田は全然違うと言われてしまったりしています。とはいえ、成功事例もあり先人たちが切り開いてきた道もあるので、鹿島より早くできるのではないかと思いますし、やはり目指すべきはJ1だと思うようになりました。


実は3、4年前、個人として鹿島アントラーズに研修に行ったことがありました。その時、アントラーズの人に、「おまえには、J1への道が見えているのか」と言われたのですが、正直なところその頃の自分には全然そのイメージがありませんでした。しかし、少し前に中期計画を見直し、資金だとかいろんなことを考えた時に、ようやくJ1への道が見えてきました。まずはJ2でしっかり経営基盤を固め、地域に愛され必要とされるクラブになり、多くのお客様に来てもらい、一つひとつ階段を上がって2025年には売上高が10億円を超えると思います。10億円ないとJ1は難しいと言われていますが、そんなに遠くないと思っています。ですから10年後の2031年までにJ1に昇格することは全然無理ではないと思っています。

2017年と2020年にJ3で優勝!


プロスポーツチームが町に与える活気

工藤︓地域に愛されるクラブでなければならないということでしたが秋田とのつながりについてはどのようなビジョンをお持ちですか︖

 

岩瀬︓うちでは「ブラウブリッツがあるから秋田は〇〇だよね」と言っていただける存在になることを目指しています。この言葉が町中、県内中にあふれるようにしていきたいと話しています。

 

今でもそういうストーリーってあるんですよ。うちの試合にお揃いのユニフォームを着て観戦に来ている老夫婦がいました。この間、お声を掛けてみたら、定年をすぎた夫婦で、なかなか共通の趣味というのもないのだが、ブラウブリッツのホームでの試合は、2週間ごとにレプリカユニフォームをまとって来ていると話しておられました。サッカーの試合では当たり前の風景なんですが、工藤さんは奥さんと同じ服を着て出掛けることってありますか︖

 

工藤︓ないですねえ。笑

 

岩瀬︓ないでしょう。そう思うとすごく感慨深い。それに、そのご夫婦のお子さん独立して秋田県内にはいるものの、それほど会う機会はなかったのですが、ある時、偶然、彼らもブラウブリッツのファンだということが分かり、それからは2週間に一度の試合を子どもたち家族と一緒に観戦するようになったそうです。ブラウブリッツがあるからこそで、家族のきづなを再確認できたんだと言っていただいたんです。


スタジアム問題

工藤︓スタジアムをどこに建設するかが話題になっていますね。

 

岩瀬︓今は八橋の陸上競技場を使わせていただいています。2017年に10億円をかけて大型映像装置を設置してもらいました。18万人の署名を集め、2017年のJ3優勝もあり、いろんな方にご協力をいただき、実現しました。このときブラウブリッツ秋田のために︕という皆さんの気持ちが大きかったと思うんですよ。一部にはなぜ一⺠間企業にこれだけのカネを使うのかという声もありましたから。

ソユースタジアム(八橋陸上競技場)


ある日、駅前のぽぽろーどを歩いていたら、女子中学生から声を掛けられました。陸上をやっているのだが、試合結果が競技終了と同時にその映像装置に表示されるようになったとお礼を言われたんです。以前はかなり時間がたってから競技場の外の掲示板に貼りだされていたのだそうです。そう言ってもらったことでさらに頑張ろうという気になりました。そんな「ブラウブリッツ秋田があるから〇〇になったよね」というような話が町中に広がって行くようにしたいと思っています。

大型映像装置


工藤︓スタジアムの候補地は4カ所ありますが

 

岩瀬︓スタジアムは大きな税金を投入してもらわなければ作れません。ですから、サッカーのためだけではなく、県⺠のみなさんに意義を感じていただけるかどうかが重要です。

 

最近、運動をしている人が増えています。朝早く起きて外に出ると、散歩をしているおじいちゃん、おばあちゃんに会います。ランニングをしている人も多い。健康意識が高まっているのを感じます。でも秋田は冬に雪が降るので運動不足になりがちです。
冬は屋内で散歩ができたらいいと思いますが、そうした施設は足りなすぎます。市立体育館の上の方にランニングコースがありますが、狭くて2人並んで走れません。ですから建設するスタジアムは全天候型は難しいとしても、インナーコンコースにして、おじいちゃん、おばあちゃんが冬でもおしゃべりをしながら歩けるようにしたい。

 

それから、一般向けの健康プログラムも充実させたいと思っています。災害時の避難場所に使えるようにするとか、ワクチンの接種場所に提供できるようにするとか、いろんな形で県⺠の役に立つものを作りたいと思っています。場所については、私たちが口を出せることではない。議会が時間をかけて議論してきて結論を出したので、それに従って進むことを期待しています。

2025年までにスタジアムを着工できれば・・・

岩瀬:設立10周年の時に、陸上競技場の大型映像装置に、新設するスタジアムのイメージを映し出したんです。あの時の歓声がほんとに忘れられない。

大型映像ディスプレーに映し出されたスタジアムのイメージはファンの大歓声で迎えられた

 

あの時、わたしは2025年までに実現してみせますと公言しました。あと4年しかありませんが、わたしの中では2025までに着工できれば実現だと思っています。サッカースタジアムがない秋田の人には、スタジアムと聞いてもイメージが湧かないのかなと思い作っていただいたパースを発表したのですが、その翌日、接待で行ったお店の方に「ああいったものが秋田にできると思うとわくわくします」と言われました。

 


若い人がわくわくするというのはすごく大きなことです。若者が秋田を出て行くのは自分の可能性を試したいという気持ちがあるからです。もし秋田県内にわくわくできる仕事があるなら外に出るという選択をする人が減るのではないかと思うんです。「秋田でもできるんだ」と思ってもらえるようにしたい。

うちの理念の一つに「挑戦を秋田の文化に︕」というのがあります。秋田はよく人の足を引っ張る人が多いと言われますが、成功例が増えてくればそういう文化も変わっていくと思うんです。駄目だ、駄目だと言うのでなく、背中を押してくれる人が増える。そうなれば若い人たちもここでやれるという希望を持つようになると思います。

 

工藤︓秋田にはエンターテインメントの施設が少ないので、スタジアムができれば若者にとってもサッカーが好きとか嫌いとか関係なくわくわくする空間になり、活性化するんではないかなという気がします。すごく応援しています。


学校の部活に代わる各種競技のクラブを開設したい

岩瀬︓クラブが存在する意義は2つと考えています。1つは地域の社会課題を解決すること、2つ目は新しい価値を生み出すこと。

 

地域の社会課題の解決ということでは、NPOを作り、サッカーだけでなくいろんな競技のクラブを立ち上げていきたいと思っています。秋田では中学、高校の生徒数が減少して部活が限界にきています。しかし、複数の学校の部活を統合するにはいろいろな障害があります。その課題を解決するために地域にクラブを作りたいと思っています。自分が好きな競技を選べることはすごく大事です。サッカー部がないから陸上をやろうと思った子が、嫌なことがあったときや障害に突き当たった時にそれを乗り越えられるでしょうか︖


秋田の若者へメッセージ

工藤︓さきほども挑戦という言葉がありましたが、若者には何かしたいけれど、どのように行動すればいいのかが分からないという人が多いです。そういう人に向けてメッセージをいただけますか︖

 

岩瀬︓最近高校生にそういう話をしました。僕は、「目標や夢はあるに越したことはないし、チャレンジすることによって人間的に成⻑できるのは間違いないですが、そんなに簡単に作れるものではない。もしそういうものがないなら、何でも興味を持ったことについて行動を起すことが重要だ」と思います。

 

種を植えたとします。成⻑する過程で枝が折れるかもしれない。でも違う枝が出てくるかもしれない。ここまで進んだことによって、違う道が見えてきたということが絶対あると思うんですよね。

 


だから秋田のために何かしたいけれど何をしていいか分からないと思っている人がいたら、小さなことでいいので始めなさい。何かを始めるとそこから派生する何かが生まれるかもしれないし、新たな出会いが生まれたりして、これに向かってやっていこうと思うものが出てくる。まずは一歩を踏み出してほしい。僕のやっていることも大半は先走りです。笑 思い立ったらすぐ行動。うまくいかないことも多いですが、やりとげるまでやればその過程は失敗ではないんです。笑

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ブラウブリッツ秋田は2017年シーズンにJ3で初優勝し、大きな注目を浴びました。この年は、18戦連続無敗というJ3記録を立て、リーグ後半は他チームの追い上げを受けて首位を明け渡したものの、最後の粘りで逆転優勝を果たしました。

 


J3で優勝・準優勝したチームは自動的にJ2へ昇格するのですが、ブラウブリッツはJライセンスを取得しておらず、スタジアムの整備などの要件も満たしていなかったため、2018年シーズンもJ3に残留、このシーズンと2019年シーズンは2年連続8位でした。しかし、2020年シーズンは、3年ぶり2度目のJ3リーグ優勝を果たし、遂にJ2昇格を決めました︕それも、新型コロナウイルスのため、開幕が3カ月以上も延期されたにもかかわらず、開幕から28戦無敗のまま優勝を決めるというJリーグ史上初の快挙を達成したのです︕

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そして初めてJ2に上がった今年、堂々とした戦いぶりで、来年もJ2で春を迎えられそうです。スタジアムについては、以前から候補に挙がっていた3カ所は代替地が確保できないことや、広さが不十分なことから外旭川の中央卸売市場周辺とする方針が決まったものの、市議会の一部に反発があり不透明感が漂っています。

 


確かに100億円という巨額の費用が必要で、コロナ禍の影響で財政がきびしい中で県や市が税金を投入するには、しっかりとした収益計画や資金計画も必要とあって予断を許さない状況ではあります。秋田にサッカーファンを増やし、スタジアムの有効利用を積極的に進める一方で、J2からJ1への昇格を着実に進められるように岩瀬社⻑の手腕に期待が集まっています。

スポーツの力でファンに勇気を与え、社会課題の解決に立ち向かうブラウブリッツ秋田から目が離せません︕
文:竹内 カンナ