2月13日、「未来を切り開くチャレンジ・教育」というタイトルで、起業塾「あきた寺子屋」Day2が開催されました。今年も「秋田コネクト」と銘打ちオンラインでの開催です。寺子屋は首都圏在住で秋田の産業活性化を考える有志の集まりである産業サポータークラブが毎年1回開催しているイベントで今年は10回目になります。
前半は、「一般社団法人FROM PROJECT(通称ふろぷろ)」の代表理事で「ふろぷろ秋田」を立ち上げた竹内菫(すみれ)さんに秋田の高校生を生まれ変わらせる「ふろぷろ」について説明していただきました。
後半は、秋田の高齢者が抱える身近な問題を解決するサービス「アシスタ」を展開する大学生の菅原魁人さん、秋田の隠れたローカルな魅力を表現する映像会社、アウトクロップを起業された栗原エミルさんにそれぞれの活動についてお話していただました。その後、菫さんにMCをお願いし、寺子屋の協賛企業である秋田銀行で地方創生や若者の起業をサポートする工藤槙さんを含めたトークセッションが行われました。
プロジェクト型学習プログラム「ふろぷろ」で高校生に課題解決力を!
まず最初は高校生に自分の住む地域社会の課題について考え、行動する力を育むふろぷろの取り組みについて菫さんにプレゼンしていただきました。
菫さんは、首都圏の中学を卒業され、海外で高校生活を送られた後、秋田市にある国際教養大学に入学し、「一般社団法人FROM PROJECT」を起業されました。この法人が開発したオリジナルの教育プログラムは「ふろぷろ」と呼ばれ、「ふろぷろ秋田」など後ろに地名などをつけて全国に展開しています。
この取り組みは中学生と高校生を対象とした約3か月間のプロジェクト型学習(PBL)プログラムです。期間中に身近な社会課題と自らの興味関心を掛け合わせたプロジェクトを立案し、計画、実施、発表、振り返りまで行い、実践と意識的な自己決定の重要さを体験させます。
ふろぷろに参加する中高生の多くは、社会課題を自分ごととして考えたことがなく、プロジェクトを立ち上げるといっても簡単ではありません。そこでふろぷろでは高校生と年齢の近い大学生たちがサポート役となり共に学びあう形で運営されています。
菫さんによると「ふろぷろ」には7つのルールがあります。①今この瞬間に100%、②未来は自分で創る、③行動至上主義で行こう、④わくわくに任せる、⑤すべてを糧にする、⑥愛をもって人と協働する、⑦半学半教の姿勢で向き合うーーーです。中でも最も重要なのが行動至上主義(先の見えない、予測不可能な時代の中で、自分で自分の人生を考えて、考えたことを実現する力を養うこと)。
ふろぷろは、参加した生徒たちがふろぷろで学んだことをしっかり身に付け、その後の人生で活かせるようになることを大切にしており、プロジェクトの柱になる課題の選び方や、その解決に向けた行動計画を立てるためにさまざまなツール(手法)を伝授してくれます。それらは参加者の一生の財産になると思います。
ふろぷろは、もともと慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの鈴木寛教授のゼミ(すずかんゼミ)で2014年に生まれました。その後、活動の中心になっていた大学生たちの卒業とともに活動が縮小、解散の危機に瀕しました。その頃、お姉さんを通じてこの活動を知って参画した菫さんが、これこそ自分の生涯を掛けて取り組むべき活動だと思い、活動を引き継ぎ、国際教養大学への入学をきっかけに、ふろぷろの灯を秋田の地で育み始めたのです。
菫さんは海外での高校生活を経て帰国し、日本の教育を海外から俯瞰した時、社会で必要な能力が学校で養われているのかという疑問を抱くようになり、「このことを知ってしまった責任を負っている」と感じ、「ふろぷろ」の活動に打ち込むようになったそうです。
菫さんは、「ふろぷろ」に関わる興味深いエピソードを2つ紹介してくださいました。1つ目は、各高校に電話をして「ふろぷろ」の参加者を募集していていたところ、ある高校の先生から「うちの生徒たちはそんな難しいことはできないです。無理だと思います」と言われたことです。菫さんは生徒に一番寄り添っているべき教師が自身の生徒の限界を決めつけ、可能性を信じていないことに大きな衝撃を受け、翌日その高校に再度電話をして、その先生と1時間くらい話し合われたそうです。
2つ目は、参加してくれた高校生のお話です。菫さんは、プロジェクトの最初に「何かやりたいことある?」と聞くようにしているそうです。それに対し、「特にないっすね」とうそぶいていた高校生が、最後の報告会では涙を流しながら「やり切れなかったです」と悔しそうに言い、今度はこんなことをやりたいと抱負を語ってくれたのだそうです。菫さんは、これを聞いてこの活動の意義を実感できたと語りました。
菫さんは、秋田について、「生徒がやりたいことを見つけ、やりたいことをやりたいと言える環境や土壌を作り、大人が無条件に『とりあえずやってみなさい』というスタンスを持ったら、素晴らしい社会になる」と思っているそうです。
秋田県だけではありませんが、地域の課題に関して前例のない取り組みを行おうとすると、その課題解決の難しさやそれを行う際のリスクについて語る人はいても、共に課題を解決していこうという姿勢を示される人が少ないといったことも話しておられました。
キラキラとした目で、「ふろぷろ」の意義について笑顔で語る菫さんからは、高校生のわくわく感を大切にしてあげたいという情熱的な姿勢、大人が高校生たちのやりたいことを尊重してあげることの重要性を伝えたいという思いが伝わってきました。
私は当初「ふろぷろ」のことをよく把握できなかったのですが、菫さんのお話、WE LOVE AKITAの記事、「ふろぷろ」のウェブサイトを見ることで、その意味を理解することができました。こんなプログラムがもっと秋田県内、そして日本全国に広がっていけば、高校生の学習姿勢、教育環境ひいては日本の未来も変わっていくかもしれないなと感じました。
高齢者になることが待ち遠しいと思える社会に!
次に菅原魁人さんがお話しくださいました。菅原さんは、秋田市出身の秋田大学の学生さんで、株式会社LibertyGateを起業し代表取締役を務めています。
LibertyGateでは、「高齢者になることが待ち遠しいと思える社会」、「介護保険制度外のサービスのインフラを創る」ことを理念に掲げて、高齢者の日常の悩みや課題の解決を支援するサービス「アシスタ」を提供しています。
「アシスタ」は、居宅介護支援事業所・ケアマネージャーまたは高齢者ご自身・そのご家族が介護保険ではカバーできない朝のゴミ出しから夜の見守りといったサービスを依頼すると、運営の担当者が、アシスタ・メンバーと呼ぶ約200名の大学生に対して一斉に対応が可能かどうかを打診、手を挙げたメンバーに詳細を伝えるという仕組みになっています。メンバーたちには、マニュアルを渡すほかビデオで研修をしているそうです。24時間対応をうたっています。
菅原さんがアシスタの起業を志した背景には、ご家族に不幸があったこと、実際に起業した人との出会い、自分だけではなく周りも幸せになることがしたいと思ったこと、街で腰が悪いのに頑張って買い物をしている高齢者の姿が印象に残ったこと、楽しそうにしている高齢者が周りにいなかったことがあったそうです。今後は、シニア市場の他業種との連携、他県での事業展開なども検討されているそうです。
誰も目を背けがちな高齢者問題に正面から立ち向かう菅原さんは、心の優しいしっかりした考えの持ち主という印象を受けました。また、アシスタに200人ぐらいの大学生が登録しているというのにも驚きました。この年代の若者の目には高齢者など全く映っていないんだろうなあと思っていたからです。高齢者が元気に幸せになれば、秋田の社会課題のかなりの部分が解決されるように思います。
埋もれた地域の魅力を映像の力で掘り起こしたい!
最後に登壇したのは栗原エミルさん。エミルさんは、京都府出身で国際教養大学のOBで、同じ大学の松本トラヴィスさんと一緒に映像制作会社「株式会社アウトクロップ」を起業し、代表取締役を務められておられます。
エミルさんは学生時代、卒業したら海外に行こうと考えておられたそうですが、沼山大根という珍しい品種の大根に出会ったことで人生が大きく変わりました。
沼山大根は秋田でずっと栽培されていたのですが、2003年に栽培農家がいなくなりました。しかし、2018年に若手農家3人が農業試験場に保管してあった種を譲り受け、復活させたそうです。エミルさんは卒業間際にこの話を聞いてめちゃくちゃ面白そうと思い、この大根にまつわる短編の映像作品「沼山からの贈りもの」を制作しました。
◆画像をクリックして「沼山からの贈りもの」の予告編映像をご視聴ください!
その制作過程で、地域にある誰も知らないもの隠れた魅力を映像によって発信していきたいと思うようになりました。「沼山からの贈りもの」が幾つもの賞を受賞し、映像で発信する意義を感じたエミルさんたちは、秋田で会社を立ち上げることを決意しました。ただ作品を制作しただけでなく、クラウドファンディングを使って集めた資金を使い県内外でこの映画の上映会を開き、この大根を使った料理や大根の生産農家から話を聞く機会を提供してきました。この上映会は、2021年11月に立ち上げる映画館のきっかけにもなったそうです。エミルさんたちは、秋田市の中心市街にオープンした16席の小さな映画館で国内外の映画を上映する会を月に一度開催する際、映画にまつわる料理を提供したり、写真を展示するなど、工夫を凝らしておられます。
アウトクロップでは、制作事業(県内企業のプロモーション・ブランディングの企画・制作・運用)、シネマ運営事業(映画館の運営)、ドキュメンタリー制作事業(現在は4年がかりで日本酒のドキュメンタリー映画を制作中)という3事業を運営しています。
今後は、「秋田にあるヒト・モノ・コトの魅力を、映像を通して見える化して発信すること」を目指し、多彩な人材を巻き込んで、できることを増やしていき、「秋田って面白い人が多いね」といわれるようにしたい、と考えているそうです。
エミルさんは、世界各地を旅行された経験を持つ国際的な感覚の持ち主という印象を受けました。秋田に住み始めて5年経った今でも秋田弁は聞き取れないこともあり、インタビューに行く時は友達に通訳を頼んだりすることもあるそうですが、国際的でなおかつ秋田をよく知っている人の視点が秋田にとってとても貴重だと思いました。物静かながらもひたむきに秋田の魅力を引き出して映像化することに取り組んでおられるエミルさんがどんな作品を発表していかれるか楽しみです。
起業支援は地域金融機関の大切な使命
秋田コネクトの協賛企業である秋田銀行からは、地域価値共創部の工藤槙さんが、同行の起業創業支援の取り組みについてお話をしてくださいました。
秋田銀行では起業創業支援を重点項目として掲げており、工藤さんは同行の起業創業のプラットフォームである秋銀スタートアップ・ラボの運営をご担当されておられます。同ラボのコンテンツは、①事業創造ワークショップ(学生、地域おこし協力隊、関係人口などが一緒に事業創造スキルを学ぶ)、②起業家のコミュニティのメンバーに対して相互支援を行うワークショップの運営、➂ビジネスコンテストの実施があるそうです。工藤さんご自身は、若い方の挑戦が増える中、イノベーションはどんな人にとっても重要な思考であり、起業家の卵たちが本物の経営者と接する機会を提供したり、彼らのハブとなることが地域の金融機関である秋田銀行の役割ではないかと感じておられるそうです。
秋田市も創業支援に力を入れており、駅前のビルに創業希望者に対する相談窓口や起業塾、セミナー、インキュベーション施設、コワーキングスペース、開業後のフォローアップを提供する拠点を設けており、昨年の秋田コネクトに登壇していただいた株式会社141&Co.の石井宏典さんや合同会社ジェグルズの工藤実さんが起業コンシェルジュとして創業・経営相談を行っています。こちらでも経営者の講演やセミナーを頻繁に行っており、菅原魁人さんもここのコミュニティで起業を目指す若者に先輩としてアドバイスをされています。
最後のトークセッションでは、菫さんのMCで、菅原さん、エミルさん、工藤さんのパネツディスカッションを行いました。
まず、菫さんから、起業する人には、エミルさんのように結果的に起業をするスタイル、菅原さんのように最初から企業を志すスタイルがあるように見受けられるなか、どちらのタイプの人が多いかとの質問がありました。工藤さんによりますと、最近の方々は自分のやりたいことを持っており、結果的に起業という手段をとった方もおられれば、中小企業の社内で新規事業を立ち上げる方もおられ、起業を自分のやりたいことを実現する手段ととらえている人が多いそうです。印象的な事業を手掛ける方は、県外から戻った秋田出身者、他県からの移住者、都会でベンチャー事業をしながら秋田で事業を立ち上げた2拠点居住の方が多いそうです。
次に、ZOOMのチャットで菅原さんに「アシスタの事業を振り返ったときに、秋田で生活していたからこそ事業化できたと感じられることはありますか」という質問が寄せられ、秋田で生活していたからこそ事業化できた部分についてトークが進みました。菅原さんからは、そういう部分は大いにあり、大都会に住んでいたら起業家や経営者はたくさんいるけれどなかなか会えないが、秋田にいるとそういう人たちとの距離が近くじっくり話ができると指摘されました。
エミルさんからは、秋田で起業したのは、たまたま大学が秋田で、秋田には良いものがたくさんあるのにそれを発信する人がいない、そこを自分の手でやりたいと思ったからだと話されました。秋田で事業展開していて良かった点としては、支援してくれる大人が多いことも挙げておられました。
最後に、今後の事業の継続性について質問にお答えいただきました。エミルさんは、企業が抱える問題を映像を通じて解決していくということが一番の収益モデルになっており、今後も基盤づくりをしながらそうした方面で活動していきたいとおっしゃっておられました(今年は新卒も1名採用されるそうです)。
菅原さんは、高齢者支援システム「アシスタ」について、現在は不便を解決するという応急措置的なところにとどまっているので、将来的にはその不便が出ないような方向に向けて事業展開をしていきたいとおっしゃっておられました。高齢者と学生のマッチングについては、そこだけで収益を得るつもりはなく、マッチングを無料にして派生的なビジネスで収益を出すところまで発展させていきたいとおっしゃっておられました。
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今回の登壇者は、大学生または卒業したばかりの若い方々でしたが、どなたも意欲にあふれた起業家精神の持ち主でした。若者による起業はその収益性や継続性が疑問視されることが多い中、今回の登壇者の皆様は思いをしっかりと実現しておられるようにお見受けしました。
今回は、秋田に関連する質問や話題が多く出ましたが、秋田というくくりを取り外しても魅力的な事業を手掛けておられるように感じられましたし、今後は秋田県内外でさらに事業を拡大していかれることと思います。今後のご活躍を楽しみにしております。
さて、秋田寺子屋は今年、4月と5月に継続イベントを計画しています。ほんとは、その後もイベントを続けたいと思っています。
文:長谷川綾子・竹内カンナ