いちカフェ~五城目の外と中をつなぐカフェ~ 坂谷彩さん

秋田市から約30km北に位置する五城目町の朝市通り。ここの朝市には530年の歴史があり、月に12回前後、日付の末尾に2、5、7、0がつく日に催されています。朝市通り入口には「一白水成」で有名な日本酒の蔵元、福禄寿酒造があり、少し通りを歩いていくと古くからの商店や郵便局、銀行などが立ち並んでいます。

そんな朝市通りに「いちカフェ」があります。入り口は木枠の大きなガラスドアで日当たりが良く、店内の心地よさそうな空間がよく見通せます。同じビルには、2017年にできた町の子どもたちの居場所「ただのあそび場」があります。

坂谷彩(さかや あや)さんが、いちカフェを開いたのは7年ほど前。バターチキンカレーとサバカレーの2種が定番メニュー。それに加え季節ごとにテーマを決めたメニューを出しているそうです。取材に伺った時の季節メニューはベトナム風フォーでした。さらにデザートや飲み物も季節によって少し変えて、常連のお客さんが飽きないよう工夫しています。

定番メニューの一つ、サバカレー(坂谷さん提供)

1階にはカウンター席とテーブル席、2階は天井が高く10人ぐらい座れそうな大きなテーブル席とソファ席。そして小さなステージもあり、大勢で来店した時だけでなく小さなイベントにも使いやすいつくりになっています。

秋田が好き!迷いなくUターン

坂谷さんは、五城目町出身。県外の大学に進学し、新卒で県内の企業に就職しました。その後、ウェディングプランナーに転職。そこで知り合った現在の夫であるウェブクリエイターと結婚し、地元・五城目町に住むことになりました。現在、中学生と保育園児のふたりの子育て中です。

五城目町はかつて、農業や林業のほか、製材、家具、醸造業なども盛んで、毎月12回前後開催される朝市が有名な町でした。しかし、1960年頃をピークに人口が減少に転じ、現在ではピーク時の半分を下回る約8000人となっています。

「友達の多くは進学で県外に出て、そのまま就職しています。でも、わたしは五城目が好きで、大学を卒業したら秋田で就職しようと決めていました。うちは親が会社員だったせいか家から仕事に通うというイメージがありましたし、子どもの頃にキャンプや川遊びをして楽しかった思い出がある地元で暮らしたいと思っていました」

五城目は里山という言葉がぴったりの場所

移住者との出会い

坂谷さんは、五城目に戻ってしばらくして、一度退職した会社に嘱託社員として再就職しました。

2014年、起業や町おこしに関わった経験のある人や行動力のある人たちが五城目町に移住してきました。最初は4人でしたが、その後、次から次へと移住者の増加は続きました。それまでこの町にはあまりいなかったタイプの人たちが住み始め、起業の支援や町の外の人たちを呼び込む仕掛けを作り始めたことは町の中だけでなく外からも注目されました。

「インパクトのある人たちがドドっと移住してきたんです。移住する人を増やすきっかけを作った五城目町役場の職員の方が、移住者たちと同世代の私を紹介してくれたんですよね」

広々としたリビングダイニングのようないちカフェの2階

「朝市わくわく盛り上げ隊」で伝統の朝市を活性化

「知り合ってすぐ移住者の方たちと一緒に飲みに行ったりするようになりました。いろんな話をする中で、『五城目町の朝市の500年という歴史は今から作ろうとしても作れない、かけがえのないものだよね。この500年の歴史を使わない手はない』と彼らが言い始めました。ここで、東京・青山みたいなマルシェをできないか、とか、パン祭りとかどうだろうといった想像が膨らみ始めました」

坂谷さんは地域おこし協力隊や商店街で生まれ育った町民などで「朝市わくわく盛り上げ隊」を結成して朝市の活性化に取り組み、「ごじょうめ朝市plus+」を発案し、よりたくさんの人たちが参加できるように改革していきました。

「役場も朝市の開催日について見直しを考えていたタイミングだったんです。まず1年間、試しに日曜に臨時朝市を開催してみよう。その間、出店者にもっと声を掛けたり、集客も頑張ってみよう。出店を募集したり集客する魅力的なチラシも私たちに作らせてもらおうって役場にお願いに行ったのが始まりでした」
「私たちがあれをやりたい、これをやりたいと言うと、役場も、『じゃあやってみよう』って言ってくれて。私たちはSNSで、おいしいパン屋さんが来ますよ!とかアクセサリー屋さんとベビー服のお店が来ますよ!と集客に力を入れました。そして、その朝市の様子をSNSで紹介し、PRしました。それを1年続けたら、お客さんが増えて、次の年から「ごじょうめ朝市plus+」が正式に始動したんです」

官民一体で「朝市plus+」が実現

朝市plus+は民(町民)と官(町役場)が力を合わせて実現しました。地域おこし協力隊は、朝市の活性化がもともとの任務ではなかったのですが、役場も柔軟に対応してくれました。
「朝市の日は、商店街の店の前に出店者のテントが張られるので、商店街に恩恵があるかというとちょっと謎なところもあるんです。でも、テントで出店していた人に固定客が付き、『売り上げが増えたから商店街の空き店舗に入ろう』というようなストーリーを夢見て『朝市わくわく盛り上げ隊』の活動をしていました」

朝市の様子(2022年)

「その頃はまだ、会社で働いていました。上の子どもが2,3歳でしたが、土日はまちづくりの仲間と朝市を盛り上げるために集まっていました。みんなとは、『誰かのために、というのではなく、自分たちが楽しくてわくわくできることを大切にしようよ』と話していました。でも、そうしているうちにだんだん夢中になってしまい、これが生業(なりわい)になったらいいなと思うようになりました」

移住者と地元民をつなげたい

坂谷さんは移住者たちとすぐに打ち解け、一緒に活動し始めましたが、町の住民が全員、そうだったわけではありませんでした。

いちカフェには住民と移住者をつなげたいという坂谷さんの思いがこもっている

このため、「地元の人たちと移住してきた人たちが自然に言葉を交わせるような場所を作りたいと思うようになりました。カフェだったら、たまたまランチに来たら隣に移住して来た人たちがいたりして、自然に会話できるじゃないですか」

坂谷さんは、もともとお菓子を作ったりするのは好きだったそうですが、「カレーを毎日、何十食も作りたいとは全然思っていなかったです」と笑います。

カフェのために空き店舗を探し始めた坂谷さん。朝市通りはかつて、五城目で最も栄えていた場所。一見空き店舗となっている建物でも、長い歴史のあるお店が多く、いざ入居の問い合わせをしても、なかなか貸してくれる人はいませんでした

「息子がいつかは帰ってきて店を継いでくれるんじゃないかと期待している人や、店の奥に住んでいるので貸せないという方などがいらっしゃって。店舗探しには苦労しました」

ようやく借りることができた今の店舗は、寿司店などいくつかの業態を経て、しばらくの間空き店舗になっていた建物でした。

周囲を説得してカフェ開店

 

しかし、大変だったのは店舗を借りることだけではありませんでした。身近な人たちからカフェ開店を止めるよう説得されたのです。

「当時働いていた会社の上司は大反対でした。飲食業の厳しさをよく分っているからだと思います。家族にも反対されました。歩いていたら、通りすがりの知らない方から『悪いこと言わないから止めとけ』と言われたこともありました。お酒を出す店だったらドリンクで稼げるんですが、昼だけのカフェで、土日もあまり開けないとなると、どこで収益を得るんだって言われて、確かにその通りだと思いました」

しかし、坂谷さんの熱意が通じて家族からの了解が得られたほか、周囲の様々な支援もあって1年がかりで古い空き店舗を改装し、開店にこぎ着けることができました。

「サードプレイスとかコミュニティハブという言葉を使って事業計画書を作りました。でも、今でこそ、そういった場所が増えてきていますけれど、あの頃はほとんど知られていませんでした。リノベーションも一つひとつが手探りでした。まずお金の相談が先なのか、大工さんに相談することが先なのかすらも分かりませんでした。移住してきた人たちが助けてくれましたが、心が折れそうになったことが何度もありました」

一(いち)”主婦が、朝“市(いち)”通りで、”一(いち)”から始めたカフェ。それが「いちカフェ」というネーミングになりました。「いちから始める、いちから始まる」というキャッチフレーズは旦那様のアイデアを採用したそうです。

アカデミックなセミナーも

「カフェをやるなら応援するよ、って言ってくれた仲間たちがずっと通ってくれて、イベントなどにも使ってくれています。ここを回すにはどうしたらいいかを、みんなが気に掛けてくれています」
「五城目って県外からのお客さんが信じられないぐらい多いんです。移住してきた人たちが芋づる式に新しい人を呼び込んで。先日も県外からまちづくりの視察に来た人たちが20人、ここで食事をしたり、そういう人たちが別の機会に一人で来たときもちょっと寄ってくれたりとか。かと思うと地元の商工会の女性部が会合に使ってくれたりとか。最近は、おばあちゃんが『初めて入ったー』って笑いながら入って来てくれたりとか、なんか客層が広くなってきたかなって思います」

今年の春からは、「町のヒーローアカデミア」と銘打って、店でいろんな人に話してもらうことにしました。町内にいろんな専門家が出入りしているのに、町の人との交流がないのはもったいないと思ったからです。先月は町に関わっている大学の先生から講演してもらいました。地元で暮らすお医者さんや様々な専門家の方に講師としてきてもらい、イベントを開きたいと考えています。このような企画をやってみたかったことも坂谷さんがカフェを作った理由の1つです。

地元の住民の意識にも変化

「移住してきた人たちには、『人口減?だったらこれ実験してみようよ』と、どんな問題にも前向きな人たちが多いんです。一人ひとりがプレーヤーで、自分たちで楽しみながら自分たちで作っていく。それをしていると仲間が自然に増えていくんです」

坂谷さんは最近、地元の人の中にも町を元気にしようと自ら行動する人が増えてきたと感じています。

「学生さんや若い人が気楽に長期間滞在できるような場所を作ろうと、商店街の空き店舗を買って宿泊施設を準備している人がいるんですよ。ユニークな雑貨屋さんができたり、ぽつぽつと新しい店も出来てきました。自分もやってみたいと思う人が出てきたんじゃないでしょうか。なんとなく思い描いていた朝市通りに近づいてきたような気がします」

いちカフェ  

〒018-1706 秋田県南秋田郡五城目町下タ町59-6
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