日本大学理工学部の海洋建築ゼミで学ぶ学生たちが夏合宿のため秋田県横手市増田町を訪ねました。この学生たちは、秋田サポータークラブ「地域連携観光振興ワーキンググループ」で大館市を中心とした「歴史まちづくり」との連携を進める佐藤信治先生のゼミの学生たちです。
学生たちが増田町の内蔵見学後に寄せてくれた感想を、ほぼそのまま掲載させていただきます。
大学の研究室の夏季合宿で増田町の伝統的な内蔵の数々を見学してきた。事前にネットなどの資料で勉強していったため、ある程度は内蔵における「鞘」など独自の様式は分かっていた。
正直なところ行く前は、蔵があり、それを覆う鞘という建物があるだけだと、そこまで期待はしていなかった。しかし実際に見学してみたら思ったより面白い。住宅の中に蔵があるというのは、秋田の豪雪地帯における雪対策の一つであり、蔵は邪魔なものなのかと思っていた。だが蔵は邪魔などころか、むしろ住宅のなかでも一番大事にされている部分だった。
蔵本来の倉庫的な役割で使われるだけでなく、漆などで豪華に加工して文庫蔵などとして使用されてきた。現在では冠婚葬祭などの際にしか使わないという家もあったが、少しもったいないように感じた。ただ単に見せるだけでなく、もっとそこで何かを体験できるような場所にすれば、より観光客も増えるのではないかと思った。 篠原健
今回増田町を巡るなかで最も私を驚かせたのは、通り土間空間の美しさと見るものを引き込む魅力でした。事前の調査で何度も写真を通して見たはずの景色であったにもかかわらず、数十メートル先まで見通すことのできる土間空間とその先にわずかにのぞく裏庭の燃えるような緑の草木の作り出す視線の抜けには、えも言われぬ建築美を感じさせられました。
通りの抜けは店蔵の暖簾(のれん)にはじまり様々な使われ方をする生活シーンごとの調度品に彩られ、重層的な見えを生み出していました。奥へ進めば進むほどに新たな魅力に出会うことができ、この先も折りをみて再訪したいと思わせる魅力を備えた蔵の町に出会うことができました。 山本 壮一郎
増田町で雪国ならではの内蔵を初めて目の当たりにした。正直、荘厳な蔵の空間に圧倒された。主屋の覆いの下に内蔵が建っている。豪雪地帯ならではの特殊な構造であり、他には見られない建築形態だと思う。
蔵の空間が生活の一部になっている家も多く、見学した家の家主さんも伝統建築物に登録されるとは思ってもみなかったとおっしゃっていた。格式の高い内蔵では、柱、梁、建具が漆塗りで仕上げてあり、装飾の技術力とこだわりを感じた。
それら蓄積された富の証が、今日も増田町の商業活動の中心になっている中七日町通りにずらりと並んだ重要伝統的建造物群保存地区なんだと実感した。 勝部秋高
大学の研究室の夏合宿で増田町に行き、いくつかの建物を訪れたが、その中でも特に山吉商店に強い印象を受けた。古い建物に「ここで生きている」という住む人の息遣いを感じたからだ。土間に沿う縁側。昔ながらの流し。その向かいにはダイニングがあり、その空間の中の井戸。土間をさらに進むと冠婚葬祭のための美しい内蔵。裏庭に出ると倉庫として使われている外蔵がある。多種多様な薔薇の花。敷地内を流れる用水路へ続く階段。さらに荘厳な裏門。この全てが1つの家の中にある。それ以上にその全てが現在も使われており、この地で生きる人々を感じさせていることに驚いた。 山本淳樹
最後に佐藤先生に締めの言葉をお願いしたところ、ほんの2、3行・・・のつもりだったのですが、長文のメールをいただき、せっかくですので、ほぼそのまま引用させていただきます。
現在、首都圏で学ぶ私立大の学生のひょっとすると7~8割が関東近県出身者で占められています。彼らは大学卒業後、ほとんど首都圏で就職します。
一方、東北地方の高校生はどうでしょうか。昔と違い、最近は東京に進学する高校生が減り、地元か、すこし遠くても仙台の大学に進学する高校生が増えています。こうした学生たちは就職も地元で探すため、大半が市役所、県庁、教員などの公務員になります。どうも首都圏の大学生にも秋田県内の大学生にも、環境を変えたくないという意識があるようです。そこに親の希望が反映されていることは容易に想像がつきます。
つまり、学生時代に生まれ育った地を離れ、外の世界に触れる学生が少なくなっているのです。これは考えてみればかなり危険なことではないでしょうか。首都圏でのみ育った大学生は地方の疲弊した状況を実感しないまま育ち、地方で育った大学生はグローバルな競争にさらされる日本の状況がいまいちのみ込めないでいる。
半分秋田、半分青森の私も、首都圏の大学に入学し首都圏出身の同級生と接したときに埋めがたい違和感を感じました。私が学生の頃は、今よりは東京の大学に進学する地方出身者が多かったのですが、やはり大半は首都圏出身者でした。
こうした傾向がさらに進んだ現在では、首都圏在住の大学生は地方の現状を知らず、就職してしまいます。仕事で秋田県を訪れることがあっても、グローバル社会の常識や論理で一方的に判断しようとするのではないでしょうか。一方、地方で生まれ育った学生は地元に根ざした「しきたり」、慣習のみで物事を考えてしまいがちだと思います。日本人は同質性が高いと思い込んでいるため、自分の住んでいるところの常識が世の中の一般的な常識と勘違いしているように思います。
当研究室の学生たちも大半が首都圏出身者です。彼らにナマの地方の現状を見てもらいたいと思ったのが増田町で合宿をやろうと考えたきっかけです。東京周辺に暮らしていると、日本は先進国で何の問題もないように勘違いしてしまいがちです。しかしながら、10年後、20年後に彼らが社会の礎となる時、首都圏しか知らない彼らに日本がどうなっているか、あるいはどうあるべきかが判断できるでしょうか?
学生たちには大きな時間軸・地域性を含めて見て、聞いて、考え、デザインできるようになって欲しいと思っています。
増田町の観光協会のサイト