「農家さんが丹精込めて作ったおいしい野菜が余るなんてもったいない、もっとたくさんの人に食べてもらいたい」という思いで、秋田の農産物を飲食店や量販店に卸す会社を起業した若い女性がいます。
彼女の名前は佐藤飛鳥さん。由利本荘市出身で現在25歳。2017年9月に「ゴロクヤ市場(いちば)」を立ち上げました。この名前は、東京と秋田の距離、より厳密に言うと渋谷と由利本荘の距離の568キロメートルから取ったそうです。
秋田の農家と東京の量販店・飲食店を結ぶ
由利本荘を中心に全県の半分ぐらいは自ら車で集荷して回るほか農家が直接持ってきてくれることもあります。遠い県北の農家からは送ってもらったりもしながら、翌日には東京に届けています。
事業の中核は農家から量販店・飲食店へのBtoB が基本ですが、1年ぐらい前から個人向けにも、月に1回、その時々の旬の野菜をセットにして発送する「お野菜定期便」を行っています。値段は2390円~。また、欲しい野菜をオンラインで注文して宅配してもらうこともできます。こうしたお客さんも80人ぐらいに増えました。
高齢な農家も利用できるアプリがあれば
飛鳥さんは最近、高齢な農家が受発注を電話だけでやり取りしている現状を変えたいと、機能を絞り込んだタブレット用のアプリを開発するためクラウドファンディングを実施、みごと目標額300万円を達成しました。
さらに、秋田の農家とのお付き合いを深めるうちに農家が持っているノウハウや知識を、これから農業を始めようという人たちへ繋ぐ支援も全国各地で始めているそうです。
3年余りの間に・・・すごいエネルギー!
会社が突然廃業!
飛鳥さんが農産物の卸会社を起業するきっかけは、勤めていた会社が突然無くなってしまったことでした。もともと食べることに興味があったので、キャビアやフォアグラなど高級食材を扱う食品の専門商社に就職したのですが、その会社が社員のストライキが原因で、突然廃業してしまったのです。
「まるでドラマの一場面のようでした。丸い椅子に座っていた社長が、クルっと回って『会社都合で退職してもらいます』って言うんですから」
たしかに半沢直樹っぽい。(笑)
なかなか面白い会社で、ある時、営業成績でトップになると2カ月も海外研修に行かせてくれ、その研修内容も仕事と全然関係ないやりたいことをやっていいという制度ができました。飛鳥さんは、もちろん、このごほうびを目指して必死で頑張り、みごと栄冠を射止め、ニューヨークに行きました。この衝撃の事件は、その帰国直後のことでした。
やむなくこの会社を退職し、転職を決めたのですが、由利本荘の農家が作物を余らせて困っているという話が忘れられず、「この問題、自分がやらなくて誰がやる?」と思い起業を決意しました。退職した会社では、飛鳥さんの提案で社内に生鮮野菜部門を作るプランにもOKをもらっていたし、あの会社が廃業しなければ起業には至らなかったかもしれない、運命は分からないーーとその後しみじみと思うそうです。とはいえまだ25歳ですけど。
農業では、前の年にたくさん売れたので、作付けを増やしたら、次の年はそれほど発注が来なかったとか思っていたよりも豊作だったとか不作だったというような需給のミスマッチはよくあることですが、どんな理由があるにせよ、手塩にかけた野菜が余るのはもったいない。
東京と由利本荘で2拠点生活
そこで、飛鳥さんは秋田産の野菜を首都圏で販売することを考え始めました。地元も好きだけれど東京での生活も楽しんでいたので、そうすることで東京と由利本荘の2拠点生活ができるかなという思いもありました。
こうして、秋田の農家と契約して、農産物や加工品を卸してもらい、それを首都圏の飲食店や量販店に販売する事業に乗り出しました。
とは言っても最初はゴロクヤ市場をやりながら東京にある会社に勤めていました。そのため東京での販売先への営業ばかりが先行し、「こんなお野菜ありますか?」という問い合わせはどんどん増えるのに、秋田の農家とのつながりはなかなか増えず、「こんな話を待っている農家さんはたくさんいるはずなのに!」と歯がゆい思いをしていました。この時期がいちばんつらかったそうです。それで、思い切って東京の会社を辞め、ゴロクヤ市場に専念することにしたのです。
いかにゴロクヤ市場のような会社が、待望されていたことが分かるエピソードです。
農家が儲かる仕組みを作りたい
飛鳥さんは、この事業を始めるにあたり、農家が儲かり、収入の見通しを立てやすくするため、卸すときに値段を決められるようにしたいと考えていました。
農家は長年、農協を通じて作物を販売してきました。農協というシステムは巨大で効率的な一方、「JA」というブランドでまとめられてしまうので、ひとりひとりの農家の思い、作り方の工夫、特徴が消費者に伝わりにくい。その上、値段は市場のセリ(競売)で決まることが多く、その場合、集荷される段階では農家は自分の作った野菜がいくらになるのか分からないそうです。
丁寧に説明をする
そのため、ゴロクヤ市場では、農家が値段を決め、それぞれの農作物の特徴を丁寧に説明し、その価値を納得してもらえる人に売っています。
(農家や作物の説明)
首都圏のスーパーは、近郊の農家との繋がりがあるので、野菜に地元生産者の写真を付けて販売していたりするのを見かけますが、秋田の野菜については東京でみる機会はとても少ないです。例えば秋田のセリは、他のセリと全然違い、あのボーボーに伸びた根っこがおいしいのですが、知らない人はあの根っこを切り落としてしまうでしょう。丁寧な説明があれば秋田の野菜を食べてみたいと思う人はもっと増えると思います。
また、ゴロクヤ市場は飲食店などに産地から直送するので、枝豆のように収穫してすぐ茹でないと味が落ちてしまう野菜を早く消費者の口に運ぶことができます。多少高くてもおいしい野菜を使いたいという需要者側のニーズにもマッチします。
多様な販売チャネルの必要性
仕事を続けるうちに、農家さんにも1品種を大量に生産する人、多品種を少しずつ作る人といろいろな人がいて、複数のチャネルを使って 販売したいというニーズがかなり大きいことが分かってきました。
主要な販売チャネルである農協は、大量の産物を扱うため仕入れる品種を限定していたりすることも多く、変わった品種を作った場合は農協に卸すことができないこともあるそうです。
そうした品種を作りたいと思い、流通の方法を探していた農家にとってはゴロクヤ市場が格好の卸し先になりました。農協とは違う臨機応変さが持ち味です。そうこうしているうちに、お付き合いのある農家が約50、販売先は約100店に増えたそうです。
シンプルな受発注システムが農家を助ける
取引する農家の数が増える中、飛鳥さんは、多くの農家がパソコンもスマホも使わず、電話一本で受発注していることに気づきました。それもいまだに「チ~ン」という音のするダイヤル式の黒電話で、留守電すら使っていなかったりするそうです。
電話だと記録が残らないので行き違いが生じやすいだけでなく、日中、電話のないところで作業をしているので、連絡がつくのは作業の合間や作業が終わり朝の早い農家がごはんを食べて寝るまでの短い時間に限られたりするので、なかなか大変なのです。
もちろん世の中には、パソコン用の受発注のシステムがたくさん存在しているのですが、農家の平均年齢はとても高い。全国平均で66歳。秋田はもっと高い。今さらパソコンでキーボードやマウスを使うのもハードルが高い。ということで飛鳥さんが考えたのが、高齢者でも簡単に扱えるタブレット用受発注システム「イージー」というアプリの開発でした。
(イージーのモック画面)
こうした問題は全国共通だし、高齢者が使えるシステムという点では、徳島県上勝町の葉っぱビジネスがあるけどなーと思いました。高級料亭などの料理に添えられているモミジの葉っぱや花などを出荷するためのシステムです。この山がちな過疎の町の葉っぱビジネスは、一大産業になり高齢者に生きがいを与えて元気にしたとして有名です。しかし、飛鳥さんによると、[佐藤飛鳥3] 市場に出荷するために作られているので、既存の市場(というか競売)を通さない流通を目指すゴロクヤ市場が使うためにはカスタマイズが必要。そのため、高齢の農家に焦点を当てたBtoB (農家から量販店・飲食店へ)の農産物の受発注システムを独自に開発しようと思ったそうです。
農家には作付けの時期に、作物の写真やいつごろどのぐらい生産できるかと希望価格を入力してもらうだけです。それを見た飲食店や量販店から発注してもらいます。
このシステムを作るために実施したクラウドファンディングでは300万円の目標額を超える資金を集めました。既にシステム開発はかなり進んでおり、今年の冬には農家に実際に使ってもらう実証実験に入るそうです。実証実験では農家にタブレットを無料で使ってもらいます。将来的な料金は現在思案中。2021年秋には正式に運用をスタートしたいと考えています。
クラウドファンディングは、資金を集めることができただけでなく、多くの人にゴロクヤ市場を知ってもらうことができ、全国の農家や量販店さんなどからの引き合いが増えました。
「イージー」のシステムは全国で利用可能ですから、このシステムを幅広い人達に使ってもらうための営業活動も忙しくなりました。誰でも名前を知っているライフスタイルを提案する会社からも問い合わせが来ているそうです。
対面のコミュニケーションも大切に
飛鳥さんは、ITを使ったシステムの導入で効率化を図る一方、農家とのお付き合いはやはり会って話すことが大事だと感じています。野菜を受け取りに行ったら農家のおじさんが腰を痛めて作業ができずにいた時には、作業を手伝ったりしたこともあったそうです。また、農家が突然、引退してしまってショックを受けたこともあるそうです。
ノウハウ持った農家と新規就農者をつなげる
長い経験を有し、さまざまな知識を持つ農家が、それを次の世代に伝えることができないのはもったいなさすぎる。一方で、新規に就農したけど、まだまだ農業初心者という人もいる。そこで飛鳥さんはその両方をつなげる役目も果たしたいと思うようになりました。また、飛鳥さん自身、農家との付き合いで農業を学んできたので、新規就農したい人を助けられたらと思い、全国の何カ所かで農業のスタートアップを手伝っているそうです。
そうした思いが、クラウドファンディングの「1年間あなたの畑を耕しにいきます!」というユニークなリターンの背景にあったのでした。50万円を払ってこのリターンを希望した支援者が一人ですが実際にいました。
いろんな人が泊まりに来れる場所を作りたい
秋田の拠点は、由利本荘の飛鳥さんの母方のおばあちゃんが住んでいた家。そこの畑は、飲食店や量販店から「こういう野菜が欲しいんだけど、誰か作ってないかなあ」という声にこたえるために自分たちで試作したりするほか、コミュニティーファームとしても使っているそうです。今は本社を東京都目黒区に置いているのですが、近くこのおばあちゃんの家に本社を移すことも検討しているそうです。
そこは現在、集荷した野菜の仕分け作業に使っているのですが、将来的には宿泊施設にもしたいそうです。県外からゴロクヤ市場や農業に興味を持って訪ねてきた人に、今まではビジネスホテルに泊まってもらっていたのですが、農作業をし、おいしいものを食べ、そのまま滞在できる場所を作りたいと思っているそうです。
秋田産の個性的な農産物がもっと都会に届くようになったらいいですね!
◆ゴロクヤ市場のHP