何かやりたい人が、ネットを通じて不特定多数の人から資金を集めるクラウドファンディング。その業界で秋田魁新報の運営する「FAN AKITA(ファンあきた)」が話題になっているのだそうです。そんな話を、FAN AKITAのプラットフォームのシステムを提供しているミュージックセキュリティーズの創業者、小松真実代表取締役からお聞きしました。
同社は、FAN AKITAのほかにも、「CF信州(長野県)」、「にいがた、いっぽ(新潟県)」、「YUIMA(沖縄県)」、「sandwich(大分県)」、そして、「MOTTAINAIもっと(全国)」で、メディアや地元企業と購入型クラウドファンディングサイト(以下CFと略します)を運営している会社です。
同社が手掛けるこうした地域密着型のCFの中でもFAN AKITAは、目標額を達成する比率(成功率)が高いだけでなく目標額を大幅に超過したプロジェクトが多いのだそうです。2015年8月の設立以来、2020年11月30日までに終了したFAN AKITAのプロジェクトのうち88%が目標額を達成し、成功したプロジェクトの集めた金額は平均で目標額の147%だそうです。厳密に比較可能な数字とはいいかねますが、ウィキペディアでは全国のCFの成功率は30%程度としています。
例えば、コロナ感染が深刻になった昨春に秋田商工会議所が始めた飲食店応援プロジェクト。募集総額1000万円の倍を超える2354万5000円が集まり過去最高額を更新しました。それ以降も、コロナで飲食店が休業したために需要が大幅に減少した比内地鶏の業者を支援するファンドが763%、「大曲の夜の灯を消させない」とボトルキープでスナックやクラブを応援した地元事業主や従業員が立ち上げたボトルキープファンドが262%、花火、煙火業者を守るファンドが135%と、募集総額を大きく上回るプロジェクトが相次いで現れました。「よく飲みに行っていた店が休業して、どうしているか心配だーーーでも個人的に寄附を包むなら最低でも10万円ぐらいは持っていかないと悪いなあ」、などと首をひねっていた人も、たとえば大曲のスナック・クラブのCFの場合、好きな店に1万円を支援すれば1万1000円のボトルキープができるというならば何のためらいもなくお金を出せますよね。それにお返しもおいしすぎです!!休業している飲食店にとっては将来の収入を前払いしてもらったようなもの。一人1万円でもクラウド(群衆)が出してくれたらまとまった額になります。
秋田魁新報社デジタル編集部長・安藤伸一さんは、成功率が高い理由について「秋田の新聞社と銀行が運営に関わるクラウドファンディングだから『秋田を応援したい』という人が集まりやすいのではないでしょうか。秋田魁新報社のSNSアカウントでプロジェクトをPRしたり、新聞広告を掲載できることも、成功率を高めている要因だと思います。プロジェクトオーナーとは出来る限り対面で話し合い、丁寧にアドバイスしていることもFAN AKITAの特徴です」と語ります。
プロジェクト期間中に魁は無料で2回広告を掲載するのですが、広告掲載後に必ず支援してくださる県内在住者もいるとか。
特に新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年3月以降、通常の手数料20%を減額して、プロジェクトオーナーを支援しているそうです。
日本クラウドファンディング協会によると、FAN AKITAのような購入型クラウドファンディング、つまり出したお金に対しそれなりのお返しがもらえるCFの2020年上半期の市場規模は223億円と、前年同期の77億円に比べて約3倍に拡大しました。
また、GfKジャパンの調査によると、最初の緊急事態宣言発令中の5月に立ち上がったCFの件数は過去最多の3082件となり、発令前の3月に比べて2.4倍に増加しました。
新型コロナウイルスの感染拡大やそれに伴う移動自粛、休業要請によって多くの業界が大打撃を受ける一方、クラウドファンディング業界はこの1年で最も成長した業界の一つ。それも苦境にある企業や生産者の支援で大きな役割を果たし、お金持ちじゃなくても簡単にできる社会貢献のツールとして広く認知されました。
目標達成するプロジェクトの比率は、募集額を低めに設定することで高めることができるので、それほど重視すべき数字ではないという見方もあります。実際、金額は形式的で、仲間を集めたり、認知度を高めたくて立ち上げるプロジェクトもあります。
「コロナによって自殺を選ぶ人を出さないためのオンライン拠点をつくりたい」ーーー。コロナショックによる失業などで自殺者が増加傾向にある中、FAN AKITAで募集されたプロジェクトです。人口当たりの自殺率が常に全国1、2位という秋田県で長く自殺を予防する活動を続けているNPO法人「蜘蛛の糸」が、リアル面談が困難になることを見越し、複数のノートパソコンを購入しオンライン面談に備えるための設備投資費用として30万円を募集、30万6000円が集まりました。
パソコンは確かに必要だったかもしれませんが、コロナ禍で自殺が増えている中、自殺願望にさいなまれる人たちの支えになろうとしている人たちがいることに関心を持ってもらうことも目的の一つだったと思います。蜘蛛の糸に聞いたわけではありませんが、CFのウェブサイトに掲載されると、社会課題に対して何かしたいと考えているごく普通だけどちょっと親切でお金に余裕がある人の目に触れるため宣伝効果が期待できる一方、テレビ広告のようにお金が掛からず、それどころか、むしろお金が入って来るのですからクラウドファンディングの賢い使い方だと思います。
CF市場の拡大は全国的で、各プロジェクトの募集額も以前と比べ大きく膨らみました。今年、初めてクラウドファンディングで資金集めにチャレンジしたという人や初めてクラウドファンディングで支援したという人も多いと思います。
小松社長は、コロナ禍におけるクラウドファンディング市場拡大の背景について、「感染拡大懸念により外出を制限される人たちが、クラウドファンディングというプラットフォームを通じて、必死に絆を築き維持しようとしている」と感じているそうです。
ミュージックセキュリティーズも面白い会社だ
しかし、FAN AKITAが頑張っていることを教えてくれたミュージックセキュリティーズも面白い会社です。FAN AKITAのウェブサイトで魁新報社、秋田銀行という秋田を代表する2社と名前を連ねているこの証券会社らしからぬ社名の会社、前からどういう会社かなと思っていたのですが、ようやくナゾが解けました。
ミュージックセキュリティーズは、自体が投資型クラウドファンディングの会社で、FAN AKITAにはシステムの提供という形で関わっているのです。
Weblio辞書で「クラウドファンディング」を調べたら、「日本では(2000年開始の)ミュージックセキュリティーズの音楽ファンドが初の投資型クラウドファンディングである、とも言われている」と書いてありました。投資型というのは、資金を提供した人が、分配金や株式などの対価を受け取るCFの類型です。
同社は、「セキュリテ」というブランドで、投資型-のCF事業を行っているのですが、投資型とは言ってもリターンの高さを追求するのではなく、ESG投資、つまり環境や社会の課題に取り組む企業への資金供給を中心に支援してきました。最近はさらに広く投資活動によって社会に影響(インパクト)を与えるインパクト投資型CFを目指しているそうです。
同社が手掛けたプロジェクトをみると、福島県田村市のホップ栽培復活を目指すビール製造事業など町おこしを目指す日本酒やビールのプロジェクトや新たなパーソナルモビリティとなる電動キックボードの開発といった未来を見据えたプロジェクトの資金調達などが目を引きます。
この会社は小松社長が学生時代の約20年前、音楽家を支援するために立ち上げました。証券会社とミュージックという言葉の組み合わせには何かそぐわないものを感じましたが、実は、音楽家の支援のために設立された会社だったのです。
バンドをやっていた小松社長は、売り出すためにレコード会社のいいなりにならざるを得ないミュージシャンの多いことに違和感を感じて、自由な創作活動ができるよう、個人が1口1万円でミュージシャンを応援すると、CDの売上げに応じた分配金を受け取れるほか、CDジャケットに名前を掲載してもらえる非金銭的リターンを受け取れる仕組みを考えました。これまで、68本の音楽ファンドを組成、200タイトルのCDなどを生み出したそうです。
創業の経緯からもうかがえるように、投資型CFとはいえ、社会課題の解決を目指すようなプロジェクトが多く、最近は、さまざまな地方公共団体と共同でSDGs(持続可能な開発目標)に関わる事業を推進するための資金調達も手掛けています。
この1年は秋田の自治体や企業の間にSDGsへの関心が広がってきました。秋田でも今後、ミュージックセキュリティーズがセキュリテで手掛けるような社会課題の解決に役立つようなプロジェクトが増えていくだろうと思います。
FAN AKITAが昨年1年に手掛けたプロジェクトは約30本。集めた金額は過去最高となりました。しかし、手数料を減額していることやカード決済手数料を3社で分担しているため3社の手元に残る金額は多くはないとのこと。それでも、魁新報は「プロジェクトの実行によって県民とつながり続け、県民にとって身近な存在でありたい」と思っているそうです。
竹内カンナ