大館の空き店舗をデザインの力で開け続ける

大館を拠点とするデザイン会社、いしころ合同会社の代表である石山拓真さんは、秋田県北部の町おこしに大きな影響を与え たアートプロジェクト「ゼロダテ」を率いた3人のクリエーターの1人でした。

その後、培った人脈 を生かし、デザイナーとして活動する一方、駅前再開発では、空きスペースを活用してシェアオフィス 「MARUWWA」 を開設したり、商店街の中に子育て支援のボランティア団体「おおだてde子育て」の島田真紀子さんらと共に若いママさんたちが子どもと行ける居場所として 「MARUWWAニコメ」 を立ち上げました。2020年からは、 大館市教育委員会と連携し、働くためのスキルを身に付けられるリカレント教育の場所として「大館学び大学」を運営するなど、大館で市民が充実した生活を送れるようにさまざまな活動をしています。

石山拓真さん

「ゼロダテ」アートの力

ゼロダテって何?という方が多いと思いますが、アートプロジェクトなのでたいへん概念的で分かりづらいかもしれません。ざっくりというと、芸術によって町を活性化し ようという活動でした。代表は 大館出身の中村政人氏。ゼロダテが始まった当時は東京藝術大学准教授で現在は同大副学長。2007年に大館のシャッター街の一角に拠点を設け、東京と大館の2拠点で、新しい大館を創造しようと廃校の利用や廃れかけた伝統芸能の再生などのさまざまな試みを仕掛けました。 地域の眠っている魅力を掘り起こすような活動でした。

ゼロダテの最初の展覧会は東京でした。2001年に閉店した 大館のデパート、「正札竹村」の看板をギャラ リーで展示したんです。そしたらそれを見て泣いている人がいるんですよ。  ふるさとの記憶がこれほど心を動かすものかと思いました。

ゼロダテをクリエーターとしてのステップアップの場と考えていた石山さんは、40歳直前の 2015 年にゼロダテを離れ、石山デザイン事務所を立ち上げました。 今のいしころ合同会社です。

MARUWWA の誕生

MARUWWAは1階に曲げわっぱの柴田慶信商店が入るわっぱビルヂングの2階

シェアオフィスの 「MARUWWA」 を立ち上げて運営することになったのは2018年。 総務省のサテライトオフィス 体験事業を大館市が実施するためのオフィススペースとしても活用され、その運営を担いました。

僕がシェアオフィスを作りたかったというよりは、 ビルのオーナーがリノベーションすることになった際に、2階が空いているので入居する事業者を探していました。その時に国が募集していたサテライトオフィス体験事業に大館市が応募し、そのオフィスにこのわっぱビルヂングを活用したのがMARUWWAを立ち上げるきっかけとなりました。

この事業のために銀行に事業計画を出してお金を借り、事業をちゃんと運営してお金を返す。その役割を担うのは民間人でないといけない。市役所や商工団体ではできないんです。 どこの地方もそうですが、 それをやれる民間の人材が不足している。それで僕が引き受けた。デザイナーという職業はクライアントの課題を解決するのが仕事なので、行政と支え合いながらやっています。

シェアオフィスの一室

サテライトオフィス体験事業というのは、 県外の企業や個人にお試しで何日か大館に来てもらい、リモートで仕事をしな がら町の人と交流したり、街の魅力を感じてもらうものです。 実際に東京の大手梱包材メーカー の社員で大館出身者と結婚した女性が体験事業を利用して移住を決め、 MARUWWA でリモートワークをしています。

ここにいると自然に仲間ができるんです。 仕事の相談に来る人もいるし、 高校生たちも受験勉強に使ったりしています。親でもない先生でもない大人と話をして、 「起業とかベンチャーって何ですか?」って気軽に聞いたりできるというのは大切なことだと思っています。

僕が高校生の時は学校をさぼって町で遊んだりしていました。 ビリヤード場にいる怖そうなお兄さんや喫茶店で 昼からお酒を飲んでるおじさんとしゃべったり。 そういう多様な人との出会いが社会の中のセーフティーネット になっていたと思うんですが、今の子どもたちには親や学校の先生以外の大人と出会う場所がほとんどない。僕らはこ の街で楽しい高校生活を過ごした記憶を持っています。だから戻って来たいって思ったんです。

MARUWWAニコメの誕生

シェアオフィスを始めたら、子育て中のママさんたちが来るようになり、子どもを連れてシェアオフィスで働きたいといったニーズがあることが分かりました。 そこで若いママさんが集まることができて、仕事もできる 「MARUWWAニコメ」を立ち上 げようと思いました。

MARUWWAニコメでは、子育て中のママさんたちが子連れで仕事をしたり交流したりできる

MARUWWAニコメの設立資金には県のガバメントクラウドファンディングの仕組みが使われました。 これは自治体が抱える課題解決のために寄付金の使い道を具体的にプロジェクト化し、 クラウドファンディング で資金を募るものです。 寄付金がふるさと納税になるため、寄附した人は税額控除を受けられるという仕組みです。

シェアオフィスが起業支援の拠点に

シェアオフィスが社会で果たす役割の重要性を強調する石山さんだが、このビジネスから収益を得ようとは考えていないようでした。

シェアオフィスの運営で利益を上げるのは難しいと思います。 クリエイティブ事業で利益を上げて地域のために 投資をしていると思っています。 この場所があるおかげで次のビジネスができてくるのであればいいかなという思いです。

石山さんは、地域に圧倒的に不足している民間プレーヤーの発掘にもMARUWWAが役に立つといいます。

MARUWWAには、よくスモールビジネスの起業相談の人が来ます。こういう人たちが地域を支えていくプレーヤーになるので、起業支援はそうした人材の掘り起こしにもなると思っています。

大館学び大学

2020年に、MARUWWAを拠点に始まった「大館学び大学」 は、 大館市から受託した事業です。 ライター養成講座や デザイナー養成講座など、いろんな人材の育成を目指しています。昨年度(2022年度)は30回、 今年度は 70回以上開講する予定です。50種類ぐらいの異なるテーマの講座を開催しています。

MARUWWAの掲示板には大館学び大学の授業やイベントのお知らせが数多く貼られている

大学を卒業して東京で働いて、 大館に戻ってきたのはいいけど、 アルバイトやパートで働いている人が結構多いんです。 そういう人がスキルを身に付けてここで暮らすためのなりわいを創出していくことやもう一度学び直して新たな仕事に出合うことを目的とした学校です。 学びに来ている人からよく仕事の相談を受けます。例えば「ライター」ですが、需要はあり、すでに2人がフリーライターとして自立しています。

商店街の将来

商店街の活性化をなぜ行政が主導でやるんだろう、 もっと民間でできることがあるのではないか、行政がいろんな補助金を出しているけど、補助金を使うと甘えてしまい、稼ぐ力をつけられなくなってしまう。だから、補助金が出るからやってみようというはよくないんじゃないかとずっと思っています。

古い商店街で商売をしているのは60代~80代のおじいちゃん、おばあちゃんがほとんど。既に空き家になって いても仏壇があるから貸せないと言われることもあるし、所有者と連絡が取れない物件もかなりあるんです。市を通して固定資産税を収めている人を突き止めたとしても、その人も高齢で何もする気がなかったり。

もしシャッターが閉まっているお店でちょっと安く借りられたら若い人でチャレンジしたいという人はいっぱいいるんですよ。

ゼロダテを始めた頃は、 昔ながらの商店街には駐車場がないことが問題だと思っていたけど、 今は、大手ショッピングセンタ ーとの競争になっていて、これまでの商売のやり方ではとうてい勝ち目はありません。

プレミアム感を出して高い商品を売れる店はいいですが、そんな店は多くありません。 ただ、 若い子の中には、建物が古くてもデザインがいいよねとか、 錆びているんだけどこれがエモいよねっていう子がけっこういます。そういう子はいい商品なら高くても買って大切に使います。

一軒だけでも商店街の中に遠くからわざわざ探して訪ねてくるような店ができると、そこを中心に人が集まることもあります。 ハチ公小径 (こみち)にあるリュンナクレさんというスイーツのお店や MARUWWA の下のスイッチ カフェとかスキマコーヒーもそういう場所になっています。

取材を終えて

「ゼロダテ」のプロジェクトは、 鷹ノ巣や能代でもそれに関わった人や影響を受けた人が活躍しており、アート の持つ力を感じました。 ゼロダテの本拠地である大館では、ゼロダテが耕した土壌で、この活動に深く関わって いた石山さんが種を植え付けています。 いしころ合同会社の制作するクリエイティブなウェブサイトやパンフレットなどには大館やその地域が持つ資源に対する愛情があふれています。 商店街に若い人を呼び込みたい。もしシャッターを開けられれば、 そこで何かビジネスをやりたいという若い人はいるという言葉が印象的でした。

MARUWWA

大館市御成町1丁目12-27
TEL.0186-59-6777 FAX.0186-59-6776