1月24日、「あきた寺子屋」が運営する「秋田コネクト」の第1日目が開催されました。今年はオンライン開催になったため2回に分け、第1日目のこの日は、秋田で起業した方たちや起業やプロジェクトをサポートしている人たちのお話をうかがいました。
寺子屋は秋田に帰りたいけど仕事がないと思っている若者に起業という道があることを伝え、何か起業のヒントになるものを見つけて欲しいという思いで秋田の産業振興を考える首都圏の有志の会である産業サポータークラブが毎年開催し、今年で9回目になります。昨年からWE LOVE AKITAも企画・運営に参加させていただいています。
今回お招きしたのは、田沢湖でテント型のフィンランド式サウナ運営会社を起業した地元出身の八嶋誠さん、高齢の農家の方でも簡単に受発注ができるタブレット用アプリを開発して話題になった地元由利本荘市と東京で秋田の野菜の卸し会社を経営する佐藤飛鳥さん、東京出身で10年前に社長に就任した横手の会社で新たな事業にチャレンジし続ける首藤郷さんに事業の内容などを語っていただきました。また、羽後町役場の職員として関係人口の創出から起業支援、子供の教育までさまざまな事業を支援している佐藤マサカズさん、秋田市で大学生を中心に起業の支援を行っている石井宏典さんに起業を支援する側の思いを語っていただきました。
起業家として最初に登壇していただいたのが、昨年、県の「わかものチャレンジ応援事業」に応募して採択されて事業化したタザワコサウナの八嶋誠さん。大学卒業後、東京で働いていましたが、秋田に帰ることになり、自分で事業を興そうと考えました。
八嶋さんは秋田の課題を洗い出し、①高血圧などの健康問題に対処する、②外国人観光客が増えているので魅力的なコンテンツを増やす、 ③冬季誘客が弱い、 ④エンターテイメントスポットが少ない--といった課題に対処できる事業として最終的にサウナに絞り込みました。秋田には温泉がたくさんあり県民は温泉には行き慣れていて、いいサウナがあればきっと人気になるだろうと思ったからです。テント式のサウナは、家族で楽しめるというのもメリットです。
また、徹底的に調査し、世界的にもサウナ人気が盛り上がっていて、コロナ後の外国人のインバウンドへも期待ができる。日本国内にも熱烈なサウナーのコミュニティがあり、サウナの食べログのような「サウナイキタイ」という検索サイトがあるため、サウナーはどんな田舎でもちゃんと検索して訪ねてきてくれる。そして水風呂の代わりに湖に跳び込めるサウナは少ないし、深くて水のきれいな田沢湖に跳び込めるとなったらサウナーが熱狂するだろうと考えました。調査のため、フィンランドに行ったほか、全国のサウナ業界の専門家に話を聞いたり、人気のサウナを見学に行ってビジネスモデルを練り上げました。
開業前からSNSの投稿は積極的に行い、開業後3カ月までに、新聞や雑誌などのメディアで15回も取り上げてもらいました。このメディア露出を広告費に換算すると数百万円に相当するそうです。ただ、八嶋さんの分析によると、それによって認知されるようにはなりましたが、集客の8割はSNS経由だったそうです。開業の半年前ぐらいからコツコツと続けたSNSが集客ツールとして機能したのです。公式インスタグラムには1500フォロワー、ツイッターには700フォロワーがいます。売り上げを支えるのは2割のファンだとの考えに基づき、今後もSNSによるアプローチを続けるそうです。
開業前にツイッターで「水風呂代わりに田沢湖にダイブできるサウナスポットを爆誕させます」という動画投稿をしたら、8000回も表示され、それまでせいぜい100人ほどだったフォロワーが一気に増え、手ごたえを感じたそうです。8月の開業から10月まで3カ月間の全123のレンタル枠を101組(301名)が利用し、稼働率は82%。ほとんど予約でいっぱいだったそうです。
タザワコサウナは、「サウナイキタイ」では、秋田県のサウナ124件中1位。東北六県801件のうち5位の人気です。
コロナウイルス感染拡大の真っただ中での開業でしたが、タザワコサウナは、家族や仲間で借りられるし、サウナは免疫力をアップさせると言われていることもあり、予想以上に好調なスタートとなりました。
八嶋さんは周囲に仲間がおらずほとんど自分ひとりで起業を準備しました。仙北市には田沢湖の他にも角館や乳頭温泉などいい観光資源が豊富ですが、観光客は減少傾向、起業した人も少なく不安もありましたが、徹底した調査によって自分なりに「勝ち筋」を整理し、成功しないわけがないと自信を持つことができたそうです。
次は野菜卸しの「ゴロクヤ市場」を経営する佐藤飛鳥さん。飛鳥さんは、子供のころから野菜が好きで、東京で大学生活を送る中、秋田の野菜のおいしさをしみじみ実感していました。しかし、年によって大きく変化する需要に対応しきれず農家がせっかく丹精した野菜を廃棄せざるを得なくなってしまったという話を耳にし、もっと農家の思いや丁寧に作った野菜のおいしさを伝えられれば首都圏で販路を拡大できると思い、3年半前にゴロクヤ市場を立ち上げました。
ゴロクヤ市場は、量販店への卸しと個人への野菜の詰め合わせの定期便を事業の柱にしています。サラリーマン家庭に育ち、農業のことはそれほど知らずに育ったにもかかわらず、農家が高齢化して、蓄積したノウハウを伝えることなく引退することを残念に思い、若者で新規就農する人たちの支援も始めました。
たくさんの農家との交流の中で、飛鳥さんは高齢な農家が受発注を電話に頼っているため受注の機会を逃したり行き違いが起きたりしていることを知り、非常にシンプルに受発注業務ができるタブレットのアプリを開発するためクラウドファンディングを実施し、243人の支援を受け、300万円の目標額を達成、この3月から実際に農家に使ってもらう実証実験を始めるそうです。
秋田は首都圏から遠いため運送コストがかさみますが、県内各地の農家を回って集荷して首都圏に送ってくれる運送会社と契約してコストを抑えているそうです。販売する価格については農家の思いやどれだけ心を込めて作っているかが伝われば消費者は農家に親近感を覚え、高くても買いたいと思ってくれると確信し、農家が付ける価格で販売しているとのこと。飛鳥さんの活動については昨秋にWE LOVE AKITAマガジンでも記事にさせていただきました。
横手で「こめたび」を経営する首藤さんは2009年にコメなどの通販の事業を2代目社長として引き継ぎました。当初は東京に住み、月に1回秋田に来るという生活をしていましたが、コメの販売ではシビアな価格競争に巻き込まれたり、納期を守れず顧客が離れてしまったつらい時期もありました。
そんな時でも取引を続けてくれた人たちは、秋田に来たことがあり農家の思いやどういうところで作っているかを知っている人たちでした。そういう人たちは、欲しいものがなくても「何かあるよね」と言って買ってくれたそうです。こうした経験から首藤さんは農家や地元のストーリーを伝えていくことの大切さに気づき、こめたびの「たび」の方に重点を置くようになりました。
もう一つ、首藤さんが今、力を入れているのがビールの重要な材料であるホップです。横手は50年前からホップ生産を開始し、生産したものはキリンビールがすべて買い取ってくれます。ですから安定して作り続けられるのですが、農家の高齢化と後継者不足で、生産量はピークだった1989年の約3分の1。農家の89%が60歳以上になってしまいました。
生ホップはとても香りがよく、普通の缶ビールがホップの実を一つに落とすだけですばらしく華やかなビールに豹変するのだそうです。国産のホップはビール全体の0.5%にすぎないのですが、キリンは国内産ホップを大切にし、生産を維持拡大するために次世代の生産モデルの構築や農家を支援すると同時に地域活性を進めるための官民連携組織がスタートしました。首藤さんも地域アドバイザーのような立場で関わっているそうです。
この取り組みでは、地元ホップを使ってクラフトビールを作ったり、県内のブリュワリー(ビールメーカー)や公立美術大学とコラボしたり、町の子供たちに緑のカーテンをホップで作ってもらったり、高校生にホップの生産体験を提供したりしているそうです。また、県外のビールファンのツアーを行ったり、多角的な取り組みを進めています。
2019年には200人を超える方々が横手を訪れ、コラボビールも1万3000本が完売しました。首藤さんは、地域のビールに対する関心の高さに驚き、この春からは首藤さんご自身も研修生としてホップ作りを学ぶ予定だそうです。
そして、この事業を通して交流人口を増やし、農家だけでなく観光や加工品を手掛ける地元の中小企業も巻き込み地域活性化に繋げたいと考えているそうです。
ただ、忙しい時期に農業のしろうとに手伝ってもらうこと一つをとっても簡単なことではなく、「その苦労を語ったら1晩かかるぐらい」だそうですが、横手をビールの聖地にするためコーディネーター役を果たそうと頑張っているそうです。横手に移住して6年、なぜ秋田だったのか、なぜ農業だったのかという問いに、首藤さんが「秋田じゃなくてもよかったし秋田がすべてじゃないという思いは今もあるが、ただ人との付き合いで事業が成り立っていて、今はここから動けない」、と語られたのが印象的でした。
今回の秋田コネクトで登壇していただいた3人の起業家は、それぞれ秋田の課題を意識し、強い地元愛を起業に結び付けました。それ以前のキャリアとは全く違う業種に跳び込んだのですが、八嶋さんは前職でウェブやSNSを使ったマーケティング、飛鳥さんは食品の営業職、首藤さんは新規事業立ち上げなどを経験しておられ、そうした経験が役に立ったことは間違いありません。しかし、会社員としての経験で新たな起業に必要な要素をすべて備えていたわけではなく、一つひとつ手さぐりで必要なものを揃えていったという印象を受けました。
今回は起業家だけでなく、起業やプロジェクトをやりたい人を応援する役目を担っている人たちもお呼びしました。
佐藤マサカズさんは羽後町役場の職員として地方創生の担当をする一方、NPOみらいの学校のメンバーとして、羽後町で事業を立ち上げたい人たちの営業活動や応援を中心にさまざまな支援をしています。
いつも公務員らしからぬ意表を突く行動で周囲をケムに巻くのは、公務員の常識を超越したいと思っているからだと思います。今回のイベントも、いきなり「地域変態学の時間です!」と真っ黒な覆面で登場。羽後町が世界に誇る西馬音内盆踊りの「彦三頭巾」ですが、参加者の中には失礼だと怒っていた人もいたようです。でも、大半の人は黒覆面で変態論を展開する公務員を面白がっていたと思います。
「変態」という言葉、日常生活では変なやつというような意味で使われていますが、彼は、まちづくりとはかくあるべしという従前の常識にとらわれていたら羽後町は消滅するぞと思い、自分は変態あることを包み隠さず、世間体を気にしすぎずに自分が信じることをやって、「変態」の生物学上の意味である、さなぎが蝶になるような状況に合わせた形や状態の変化を遂げられるのだと語ります。
マサカズさんは、「『何でうちの町はこうなんだろう』『こうだったらいいのに』と思う前にまず行動することでしか社会や地域を変えることはできない。そのためにはただ自分の中にある「楽しい」「ワクワクする」という気持ちに従うことしか必要ない」と言い切ります。変態は楽しいらしい。
そうした思いで、羽後町の古いパチンコ屋を改装したカフェ+ゲストハウス「UGOHUB」を開業した村岡悠司さん(写真左端)という変態や、おむすびが大好き、ビールも大好きなのでおむすびに合うビール作りたいという変態のアイデアが発端でサッポロビールとコラボして「和musubi(わむすび)」というビールを実現しました。
現在は「みらいの学校」というNPOに事務局長として出向し、ワクワクする地域のみらいを作ることを目的に、子供たちに様々な体験を提供し、高校生時代から地元の課題に気づき、貢献する気持ちを育てようとしています。
マサカズさんは、チャンスがあると思ったときにどうしたら動けるのかという問いに、「自分が変態であることは自他ともに認められていることなので、周りから言われても気にしないし、失敗したからといって死ぬわけではない。公務員なのでよほどでない限り、クビにもならない。なので、ポジティブに行動しない理由がない」と語ります。
もうひとり起業サポーターとして登壇していただいた石井宏典さんは、秋田市で大学生を中心に若者の起業を支援しています。北海道出身ですが、おばあさんが八郎潟町出身。国際教養大学に入学して秋田に住み秋田が好きになったのはいいのですが、100年後にはなくなってしまうと危機感を感じました。そして、会社を興し雇用を創出して経済回して秋田を変えると決意、卒業後、30歳までに秋田で起業すると誓って銀行員としてロシア勤務を経験した後に起業支援プログラムなどを提供する東京のNPO「ETIC.」で学生向け起業家育成プログラムの開講と運営を経験しました。そして2017年に地域おこし協力隊として秋田市に戻り、経営者に出会える機会の少ない秋田の若者のために全国各地から経営者を呼んで若者向けセミナーを合計27回実施、440名が参加しました。そして、2019年に「秋田の未来を創る人を、つくる」をミッションとする「141&Co.」を起業。現在は、秋田市の起業支援施設である「チャレンジオフィス秋田」で何かやりたい学生たちにインターンシップやワークショップを提供しています。
石井さんは、起業にはこれをやってみたいという「関心フェーズ」から具体的に起業に必要なスキルを学ぶ「育成フェーズ」、そして「実践フェーズ」があると言います。東京には関心フェーズから実践フェーズへの移行を助けてくれる仕組みがたくさんありますが、秋田にはないため、関心フェーズに止まったままの若者が多い。そのため、現在、若者を実践フェーズに引き上げる起業家育成スクール「G-College」を2月に開校するための準備を進めているそうです。
昨年7月には、秋田大学の国際資源学部の菅原魁人さんが、「株式会社Liberty Gate」を創業しました。この会社は、高齢者の通院の付き添いや買い物、犬の散歩といった日常的な支援を大学生が手助けする事業を展開しています。月に300~400件もの依頼があるそうです。
菅原さんの後に続こうと、30~40人が起業に向けて準備をしているそうです。たとえば、有機野菜を作りたいが、農協に販売してしまえば他の野菜と一緒に扱われてしまうので、独自に販路を開拓したいがやり方が分からないという農家の支援、散歩好きなおじいちゃんのために熊が出るという警告を表示してくれるアプリを作りたいなど、是非、実現させて欲しい事業がたくさんあるそうです。
石井さんは、秋田は起業資金提供するエンジェル投資家やベンチャーキャピタルが少ないので、一気に大規模な事業を立ち上げることは難しいが、コツコツと事業を積み上げていくことができる。顧客との距離が近いので顧客と対話しながらビジネスをブラッシュアップしていけることは悪いことではないとと考えているそうです。
こうした秋田での起業環境の整備に関連して、秋田銀行の若手、工藤槙さんからは、同銀が3年で起業を200社増やすという目標を掲げ起業の環境整備に努めているとの説明がありました。同行は、2018年から全県で事業創造ワークショップを実践しています。起業は一人で進めるのは難しいため仲間と一緒に進められるような環境整備をする一方、4年前から地域課題解決や地域資源活用を目指すビジネスアイデアを競うビジネスコンテストも実施しており、昨年は29件の応募があったそうです。
最近はいろんなビジネスコンテストが開催されていますが、八嶋さんのタザワコサウナが採択された県の「秋田若者チャレンジ応援事業」は総額200万円もの資金が提供されます。
ここ数年で、秋田の起業環境はかなり整備されてきたように思います。それに伴って起業を目指す若者が増え、互いに切磋琢磨しながら起業を目指し、競い合う姿も見えてきました。マサカズさんや石井さんのような頼りになる兄貴のサポートで次々と若者の起業が続くことを期待します!
竹内カンナ