農林水産省の官僚としてお国のために働いてきた42歳、その経験を秋田のために生かしたいと仕事を辞め秋田に帰って来ました!勇気ある決断です。
数年前の農水省の秋田県人の新年会。そんなものがあるんかい?と思われるかもしれませんが、なにせ秋田は農業県ですから、農水省には数百人の秋田県人がいます!国会議員や知事など偉い方々も来るし、お料理がおいしい!もちろん秋田のお酒も!あ、何の話でしたっけ?
数年前にこの新年会で初めてお会いした川辺隼之介(じゅんのすけ)さん。笑顔がまぶしい中堅官僚。秋田市出身とのことでご挨拶をし、初対面の時から秋田のために何かやりたいと話していました。
その頃は、米の消費の落ち込みをなんとかしようと、羽後町の米の消費促進のイベントにプライベートで参加したり、省内のグループでお米のおいしそうな画像を上げるインスタグラムを運営したり。
SNSでコメ消費促進

この2年半は在ドイツ日本大使館の一等書記官として日本の農産物や食品のプロモーションに取り組んできました。大使館のパーティーで使うお米にしっかり「サキホコレ」を売り込んだりしながら。
「食べるものには保守的で、一生に10種類の食品しか食べないとも言われるドイツでも日本食の人気は高まっています」

ドイツ語でサキホコレをPR、ドイツ人もあまりのおいしさに驚いていました
その川辺さんが、ドイツ駐在の任期途中で仕事を辞めて秋田へ帰ることを決意、昨年12月に帰郷しました。
「これまでの約17年間、さまざまな分野で経験を積んできました。この経験を秋田のために役立てたいと思っています。秋田にはいいものがたくさんある。でも、その価値が十分に伝わっていない。いいものにちゃんと光が当たるようにするだけで秋田は変わっていくと思います」
秋田県民の多くが秋田の未来に希望を持っていないのですが、彼は「秋田はもっとよくなる」と、確信しています。
ドイツ政府との神経をすり減らす交渉
ドイツで手掛けた仕事で印象に残っているのは、日本産の農産物に対するEUの輸入規制の撤廃。
今も30年前のチョルノービリ(チェルノブイリ)事故後の農産物に対する規制が残る中、事故からまだ10年余りの日本への規制を撤廃するのは難しいという雰囲気もドイツにはありました。しかし、川辺さんは、「何の問題もないのに汚いもののように扱われるのはおかしい!」と思い、ドイツ政府との交渉に取り組みました。日本の関係省庁の力も借り、理論武装をしてドイツ政府に要望を提出。するとドイツ政府から反論が返ってきます。それに対して再反論を準備し、半年がかりでドイツの担当者を納得させ輸入解禁を勝ち取り、その後、EU全体も解禁に動きました。

EUの日本食品規制撤廃を報じる日本経済新聞(2023年7月14日付)
「この交渉はタフでした。朝、ドイツの担当者からのメールが入っていると心臓が締め付けられるようなストレスを感じた時期もありましたが、辛抱強く交渉を続け、道が開けて、『ああ、信念を持って目標に向けて取り組むってこういうことなんだな』ということが分かった気がしました。もちろん私一人でやったことではありませんが」
こうした経験は、農林水産業にとどまらず秋田の産業全般の活性化の役に立つという自信につながり、数年前から抱いていた秋田に帰りたいという気持ちが強まったそうです。
ドイツでの仕事はやりがいがありましたし、海外赴任の途中で辞めるというのはなかなかハードルが高い。それでもここで帰ろうと決意した最大の要因は2023年7月の秋田市の水害でした。ご実家が床下浸水したにもかかわらず何もできない無力感を感じるとともに、人口減少が止まらない状況も受けて、これ以上秋田を放っておけないと思ったそうです。
「秋田を元気にするために、これまでと違った立場からチャレンジしたいと思い、仕事を辞めて戻ってきました。自分の経験を使ってもらえれば、今の秋田の現状を動かすことが必ずできると感じています」
思い出の場所が消えていく・・・
川辺さんが小学校に入学した1990年ごろは、日本全体がバブル景気にわき、秋田市も活気にあふれていました。川辺少年が実家のある広面から線路を越えて秋田駅西口に行くとイトーヨーカドーやほんきん西武、フォーラスなどの商業施設が次々に建設され、広小路には人通りが多く、誰もが秋田はもっと人が増え豊かになると信じていました。
「小学生の頃、駅前の塾に行っていたので塾の帰りにほんきん西武の地下でイカ焼きそばを食べたり、ヨーカドーの地下でスパゲッティを食べたり。楽しい思い出がたくさんありました」
ところが東京の大学に進学した2000年頃から、帰省するたびに街が寂しくなっていくのを感じるようになりました。「え?あの店がなくなっちゃったの?」とショックを受けることも増えました。小学校に上がるまでを過ごした角館や大館はもっと速く店が減っていき、近所の家が空き家になり、数年後に行ったら空地になっていたこともあったそうです。そんな学生時代を過ごした川辺さんは、秋田を活性化するには基幹産業である農林水産業からだと考え農水省を志望したのだそうです。
タイムリミットが近づいている
秋田の元気はどんどん失われていく一方。いろいろやれることがあるのに、なかなか秋田に直接関わる仕事ができない。この数年は、秋田を元気にするためのタイムリミットが迫っているという焦燥感を持っていたそうです。そして、とうとう退職を決意しました。
ご家族はどうだったのでしょうか。「妻は私がずっと秋田に帰りたいと言い続けていたので、役所を辞めて帰るという話をしたときもまったく反対しませんでした。子どもたちも、じいじとばあばに会えると興奮していました」

奥さんは東京、川辺さんとお子さんふたりは秋田暮らし。奥さんが秋田に来る日を楽しみにしています
ご両親は?「ほんとに辞めるのか?とは言われましたが、私の決意が固いので、あまり強くは言われませんでした」。せっかく農水省で活躍できたのになぜ無職になって秋田に帰ってくるのか。しかも、秋田での人脈はほぼゼロからのスタート。どうしてそんな厳しい道を…きっとご両親はそう思われたでしょう。
秋田のためにまずやりたいこと
ずっと秋田一筋だったかのような川辺さんですが、東京に行ったばかりの頃は、ご多分に漏れず東京を楽しんでいたそうです。
「秋田に帰ってきては、親に秋田には何もないなんて生意気なことを言っていた時期もありました。でも、時がたつにつれ、東京にはなくても困らないものがたくさんあるだけだと思うようになりました。秋田に帰って来た時に食べるものは東京より絶対おいしいし。店の数は少ないけど必要なものは買える。秋田には、必要なものはなんでもあると思います」
秋田に帰って来て、やりたいこと。まず、第一に、秋田での暮らしの満足度と魅力を上げるために、子育て・教育環境の一層の充実と農林水産業を突破口にして産業全体の活性化を進めること。災害に強いまちづくりを進めること。
「少子高齢化など日本全体の課題が、今最も進んでいるのが秋田です。一方で、食料自給率や一農家当たりの耕地面積が北海道に次いで大きいという強みもあります。5年後、10年後を見据えたとき、秋田は日本の食を支える立ち位置を狙えます。また、洋上風力発電など新しい時代の産業が秋田にはあります。子育て・教育環境も実体験としてかなり良く、災害の未然防止も進めていけば、『安心できる暮らし』は秋田のブランドにもなり得ると思います。こうした地域の資源をうまく活用すれば、日本が抱える課題への解決策を秋田が示すことだってできるはずです。秋田が日本を引っ張っていく未来が描けると確信しています。ワクワクしませんか?」
それから首都圏で秋田のために何かしたいと思っている人たちが活躍できる場所を提供することーーだそうです。
「首都圏には、秋田にはいないけれど、秋田を大切に思っていて、何か秋田のためになることをしたいと思っている人がけっこういると思うんですよね。それに何かやりたいけど、どうしていいか分からない人も多いと思います。その人たちに秋田のために頑張ってもらいたい。帰ってこなくてもできることがいろいろあると思うんです」
われわれ、WE LOVE AKITAの活動方針と一緒です。なので川辺さんの応援に力が入ります!
「『川辺が帰ったんだって』という話が広がって、そういう道もあるんだなと思ってほしい。その中から自分も帰ろうかという気になってくれる人が増えてくれたらいいなとも思っています。そのためにも秋田に帰ってちゃんとやっていけるということを示したいと思っています」
「どうせだめだ」と言わない秋田に
「友達と話していると、『秋田でやってもどうせだめだ』という悲観的な言い方をする人が多いんですが、『じゃあ、このままでいいのか?』と聞くと『それはよくない』と言うんです。なぜ、まずネガティブなことを言うんだろう。『このままではよくない。何かやってみよう』というところだけ言えばいいのにとずっと思っていました。そういうポジティブな秋田になるだけで、ものごとはいろいろと進んでいくと思います。役所時代の経験から、やってみたら、たいていのことはうまく行くんですよ」
「先日、三吉神社のぼんでん祭りでぼんでんを担いで本堂まで駆け上がりました。みんなでジョヤサと大きな掛け声をかけてもみ合いをしていく迫力を間近に見て、秋田にはまだまだ元気があると感じました。これなら、間違いなく秋田はもっとよくなります。新しい風を吹かせて、秋田を変えてみせます!」

「昨年末に帰郷したときは秋田の人脈ほぼゼロでしたが、この2カ月あまりで精力的に人に会い、自分の目指す方向性が固まってきました」
秋田に新しい風を!

正式表明はまだなのですが、だいたい何を目指しているかはお判りですかね?
◇ 川辺さんのウェブサイト:https://www.kawabe-junnosuke.com/
◇ 川辺さんのX:https://x.com/junno_akita
◇ 川辺さんのFacebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=61571301117731
取材:竹内カンナ